ISASニュース 1998.6 No.207

第5回 PLANET-B で解き明かされる火星大気のエスケープ

早川 基  

 今回から回程度かけて PLANET-B での観測でどの様な事が明らかになるのかについて火星の表面から遠いところから順にお話ししていきます。と言うことで,今回は火星の上層大気についてのお話です。(因に, PLANET-B の主目的は火星の大気と太陽風との相互作用を調べることです。)

 火星では地球とは異なり固有の磁場と呼べる程の強い磁場はなく,表面のところどころに残留磁場の強い所があるだけである事が昨年の MGS ( Mars Global Surveyor )の観測で分かってきました。このため,太陽風(太陽から流れ出ている高速のプラズマ流)は火星大気上層部に直接吹きつけている事となり,大気中のイオン(電離層)は太陽風との間に強い相互作用を持つ事になります。この太陽風との相互作用の結果電離層の一部がはぎ取られて太陽風と一緒に流れ去っていく事が予想されます。旧ソ連の Phobos2衛星が火星の夜側で大量の酸素イオンが流失している(ざっと計算すると一億年で現在の火星大気中の酸素がすべて流れ出る勘定)事を観測した事で,火星大気の進化に対しての太陽風の効果が一層注目されることになって来ています。

 火星の大気が逃げ出す機構としては大雑把に言って,次に挙げる三つが考えられます。

. 電離層上部から直接太陽風によって剥ぎ取られていく。
. 中性の粒子のまま太陽風の中にしみ出した大気が太陽の紫外線により電離し,太陽風に捕えられて流される。
. 太陽風とは別の何らかの原因で電離層のイオンが加速・加熱され脱出速度を超え火星重力を振り切って流れ出す。

このうち番の原因で太陽風に捉えられたイオンの事をピックアップイオンと呼びます。ピックアップイオンは最大で太陽風のエネルギーの倍にまで加速されたり,減速されたりしながら太陽風と共に流れていきます。このピックアップイオンは特徴的な分布を示すために元からの太陽風のイオンとは簡単に区別を付ける事ができます。

  PLANET-B では,これらの機構によってどの様なイオンがどの様な場所でどの位の量が流れ出しているのかを測定するために様々な観測器を搭載しています。流れ出す(剥ぎ取られる)前の中性の大気の組成・密度の情報は中性ガス質量分析器( NMS )を使って測られます。それと同時にその時の電離層のプラズマがどの様な状態にあったかを調べるのには熱的プラズマ計測器( TPA ),電子温度計( PET ),プラズマ波動計測器( PWS )が使われます。イオンの加速・加熱には低周波の波動が関与する事が多くありますが,この様な波動粒子相互作用による加速・加熱が存在しているかどうかは低周波波動観測器( LFA )が観測を行います。もう一方の太陽風の状態に関してはイオン質量分析器( IMI ),イオンエネルギー分析器( ISA ),電子エネルギー分析器( ESA )及び磁場計測器( MGF )が測定を行います。流れ出している側のプラズマの加速・加熱状態については,電離層のごく近傍のエネルギーが低い所(1eV 以下)から脱出速度に達する付近(数eV )は TPA で観測を行います。ある程度以上の加速を受けた後(十数eV 以上数百eV 以下)には TPA に加えて,IMI ISA ESA でも観測が行なわれます。さらに加速を受けた後や,太陽風と共に流れている様な高いエネルギーの所(数keV )では IMS ISA ESA が観測を受け持ちます。また,ピックアップイオンのようにイオンの種類によってはエネルギーが数十keV にも達する所では高エネルギー粒子計測器( EIS )の出番となります。

 この様に PLANET-B では,多くの観測器のデータを合わせる事で,火星の上層大気の散逸に関してどういう条件の時にはどのような場所でどの機構が支配的になるのか,火星全体としてはどの程度の量の大気が散逸をしていっているのか等を明らかにして行く事が出来ると期待しています。また,これらの事が明らかになると過去に遡って大気の変化を推定できるようになると期待できます。すなわち,過去には大量にあったとされながら今現在は地表面付近では全くといってよいほど観測されなくなってしまった水が一体どこに行ってしまったのかという問題に関しても回答を与えることが出来るかもしれません。

(はやかわ・はじめ)
<PLANET-B打上げまで あと半月>


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