ISASニュース 1998.7 No.208

第7回 「のぞみ」で挑戦するプラズマサウンダー観測

小野高幸  

 惑星電離層の上方からのプラズマサウンダー観測。そんな長年の夢がやっとかなえられようとしている。火星探査機「のぞみ」は火星到着後25mのワイヤーアンテナを本伸展するが,これらが無事完了すればいよいよプラズマ波動観測装置の出番である。これまでの米国やロシアは数トンクラスの重量級の探査機を送っているが,対する「のぞみ」はわずか540kgの超軽量級。それにも関わらず,これまでの探査機では想像もつかなかった,先端長が52mにもなるアンテナを火星で伸展しようとする試みは,それだけでも大変エキサイティングである。「のぞみ」にはこのアンテナを用いたLFA観測装置とPWS観測装置からなるプラズマ波動観測器が搭載されている。20kHzから10MHzにいたる高周波部を担当するのがPWS観測装置で,自然プラズマ波動や惑星電波の観測を行うとともに,これまでの地球電離圏,プラズマ圏,磁気圏の観測で大きな成果をあげてきた,インピーダンスプローブ及びプラズマサウンダーによるプラズマ計測の機能を有している。

 プラズマサウンダーは電離層の上方よりプラズマ波動を発射し,電離層から反射して帰ってくるプラズマ波動(エコー)を観測する。観測周波数に依存したエコーの特徴を調べることで電離層プラズマ密度の鉛直構造を知ることができるためプラズマ密度分布の遠隔探査としてきわめて有用な手法である。我が国における歴史は,1972年K-9M-40ロケットを皮切りに多くのロケット実験を通じて開発され,確立された独自の歩みを持っている。1978年に打ち上げられたEXOS-B「じきけん」衛星において確立されたプラズマサウンダーは,信頼性の高いプラズマ観測を通じてプラズマ圏・磁気圏の理解に大きく貢献することができた。EXOS-B衛星では全長60mのステムアンテナ本が用いられている。「じきけん」衛星の成功を皮切りに,1984年打ち上げのEXOS-C「おおぞら」衛星,及び1989年打ち上げのEXOS-D「あけぼの」衛星にも搭載され,電離圏電子密度分布を広範に実施して電離圏プラズマのダイナミックな変動を捉える観測がおこなわれている。なおEXOS-D衛星では計量化のため30mのワイヤーアンテナ本が使用された。このようにEXOSシリーズの科学衛星への搭載経験を積んだプラズマサウンダーは,将来の惑星探査におけるプラズマ波動観測を担当することも念頭に開発が進められたため,その性能のみならず必然的に軽量化・小型化においても大きな発展を遂げていることが特徴となった。

 これらの実績を背景に,「のぞみ」搭載のプラズマサウンダー観測装置は火星電離圏の垂直構造を観測する装置として大きな使命を担うこととなった。火星の電離圏は地球のような強い固有磁場を有する惑星の電離圏とは対照的に,太陽風と電離圏大気・プラズマが直接衝突して相互作用をする特徴を持っており,その詳細な観測が待ち望まれてきた。さらに電離圏構造の観測には,果たして火星に固有磁場が存在するのかという基本的な問題に対する答えを得ることの期待も寄せられている。これまでの火星探査機による電離層観測はテレメータ電波の掩蔽効果を利用した観測やViking着陸機におけるファラデーカップによる観測のような例はあるが精度や分解能の面で疑問が残されている。Mars96による観測計画が不可能となった事情もあり,「のぞみ」での観測は世界初の火星電離層観測という期待も込められている。

 さらに「のぞみ」では,プラズマサウンダー観測の応用として,回路構成のわずかな変更と観測周波数の調整によって火星表面からのエコーを測定する高度計観測が試みられる。これは衛星と火星表面との距離を精確に測定する観測であるが,衛星高度を知ると言うことは逆に火星表面の凹凸を知ることである。このことを応用しての火星表面地形さらには表面付近の物質に関する新しい情報が得られることも期待されている。

 衛星打上げも無事終了して「のぞみ」の健康状態はきわめて良好である。また初期動作試験を無事に済ませたプラズマ波動観測装置はコンディションも上々,後は1年3ヵ月後の火星軌道への投入とアンテナ展開を待つだけとなった。それまで「のぞみ」の長い旅の無事を祈るのみである。

(東北大学理学部 おの・たかゆき)
<火星到着まで1年3ヵ月>


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