はじめに


40数年前人工衛星観測時代の到来とともに、地球のまわりに温度の高いプラズマの世界が広がっていることがわかり、自然を実験室とする宇宙空間プラズマ科学が始まった。その後、数多くの探査衛星の打ち上げにより、地球を囲むプラズマの活発な変動現象が明らかになってきた。太陽コロナを源にする超音速プラズマ流(太陽風)と地球の衝突は、地球周辺に多彩な現象をひきおこしている。探査領域の拡大とともに、新たなプラズマの構造や活動が次々に見つかったが、同時に観測事実は多くの謎を含んでいた。中でも大きな謎は、地球を囲むプラズマの温度が異常に高いことである。地球の後ろ側にあるプラズマシートとよばれる領域には数keVから10keVを超える温度のプラズマがつまっているが、この高い温度は、太陽風粒子(風としての並進運動エネルギー1keV)がそのまま地球前面の衝撃波で熱化して捉えられただけでは説明がつかない。宇宙空間プラズマ(イオン、電子)の加熱機構は、大きな謎になっている。また、プラズマシート中のイオンと電子の温度比が約6倍という決まった比をもって比例して変動するのも、普通の熱力学では説明しがたい不思議な事実である。

 プラズマに対する磁場の支配と、それがいつ破れうるかも、おおきな謎である。磁場があると、プラズマ中の粒子は互いに自由に動きまわれなくなり、粒子が集団で磁力線を軸とした空間構造を作りやすくなる。磁気圏という、地球を囲む大規模な構造も、地球の磁場によって支えられている。このように磁場によって裏打ちされた構造――電磁流体力学的構造――の概念が「ほぼ」正しいことは、今まで観測された、太陽コロナの構造、太陽風の構造、地球磁気圏の構造、他の惑星磁気圏の構造など、すべてのマクロな空間構造が、電磁流体力学の予測とよくあうことでわかる。一方、磁気圏に多彩なプラズマ現象がおこる真の原因は、逆に粒子が電磁流体力学から「解き放たれる」ことに関係することが、最近のGEOTAIL衛星の観測でわかってきた。

プラズマシートは反平行の磁場に支えられる構造であるが、その中心部は磁場が弱く、イオンがすでに磁場から解き放されていることが、GEOTAIL衛星のイオンの観測からわかっている。もし、これに加えて、電子も解き放されれば、反平行の磁場は崩壊しうる〔磁気リコネクション〕。それが急激に起これば、一挙に巨大なエネルギーを放出し、急激な電子の加速加熱や、オーロラの生成、尾部プラズマジェットの生成などを説明しうる。

 このような、非MHD的なプラズマの振る舞いの重要性は、プラズマシートやオーロラ現象だけではなく、磁気圏の様々な部分での加熱加速現象や異常輸送現象の謎をとく鍵として最近特に議論が高まっている。実は、宇宙プラズマの加熱加速現象を理解する上でのミッシングリンクをここに垣間見ているとも思われるのだが、GEOTAIL衛星の観測能力では完全に解明することができなかった。その一番の理由は、電子のふるまいを解き明かすまでの観測時間分解能がなかったことであり、2番目の理由は、MHDを破るプロセスを同定する上でもっとも重要である空間スケールの同定が、GEOTAILという単独の衛星ではできなかったからである。

 GEOTAIL衛星は、宇宙空間プラズマの謎をとく上でのこれからの2つの指針―――電子スケールの現象までを明らかにする高時間分解能の検出器の開発と、複数衛星による空間スケールの同定―――をはっきりと示してくれた。我々は、この指針に従って、今、いままでとは観測手法において一線を画す新しいミッションを計画している。それがここに提案するSCOPEミッションである。