SCOPEミッションのグランドデザイン


磁気圏では、30年以上にわたって科学衛星による「その場」観測が行なわれてきた。それでも、我々は大雑把にしか磁気圏ダイナミクスを理解していない。なぜだろうか。それは、今までの観測手法では大雑把にしかわかり得なかったからだと考える。今までの観測には、磁気圏という広大な空間の中の少数点での観測のため全体の様相が把握できない、さらに、少数点における局所的なダイナミクスの把握も十分ではない、という二つの制限があったために、大雑把な理解しか得られなかったのである。

SCOPEミッションの特徴は、MC計画によって多数の観測衛星が磁気圏内に配置され、MHDパラメータを計測しグローバルな様相をモニターする中、そのグローバルダイナミクスにとって鍵となる領域において電子スケール分解能をもった観測を行ない、鍵となる領域での鍵となる過程を同定することにある。すなわち、SCOPEミッションの特徴は従来の衛星観測の難点を取り除いて、磁気圏科学、さらには宇宙プラズマ物理学を、新しいステージへと導くことにある。

なぜSCOPEでは電子スケールといった「微細な」分解能が必要となるのか? その背景には、我々の問題意識の進化とともに、理解したい対象が大規模なMHD現象であってもMHDパラメータだけを計測していては満足すべき理解につながらないこと(「大雑把な」理解にとどまってしまうこと)がはっきりしたことがある。言い替えれば、鍵となる領域での鍵となる過程を曖昧な形(ブラックボックス)でしか定式化しないのであれば、それは満足な理解を得たとは言えないであろう。MHDパラメータだけを観測していてもこの状況から脱出することができない。その一方で、我々は大規模MHD現象と微小なイオン・電子スケールの現象を結びつけて包括的な理解を生み出す視点(スケール間結合)を獲得しつつある。SCOPEミッションはこの視点の確立に実証的なサポートを与える。

磁気圏大規模構造とMHD近似

磁気圏とは地球の固有磁場に太陽風が衝突して形成されるプラズマで満たされた地球周辺の宇宙空間である。磁気圏ではプラズマがダイナミックな振る舞いを示しており、そのフィールドで得られるプラズマダイナミクスに関する知見は、宇宙空間のほとんどがプラズマで満たされているということから普遍的な価値を持つ。さらに言えば、宇宙空間を満たすプラズマは、多くの場合「無衝突」という地上での常識が通用しない状態にある。従って、宇宙プラズマダイナミクスの理解のためには常識に頼るのは危険であり、磁気圏のように「その場」で衛星観測を行い、プラズマに関する詳細な情報を着実に得て理解を進めていくことが重要である。

従来の地球磁気圏研究のメインストリームは他の天体における研究と同様、電磁流体方程式(MHD)に基づくものであった。磁気圏・宇宙プラズマは、無数のイオンや電子が互いに衝突することなく電磁場の影響の下で飛び回り、その結果流れる電流が電磁場の時間発展に影響を与えて、全体として発展するシステムである。このシステムは複雑でありそのまま扱うことは困難であるが、十分に大きな系においてその大規模ダイナミクスに興味を絞れば、 MHD近似という扱いやすい方程式系をベースとして議論を進めることができる。実際、磁気圏のサイズは十分に大きく、その大規模な様相を議論するにはMHD近似が有用であろうと考えられる。

この近似体系は、イオン・電子スケールといった、より小さなスケールでのダイナミクスの詳細は大規模な様相の発展においては無視できるであろう、とするものである。例として電流駆動ということを考えると、本来、電流はイオンと電子がずれて動くことで生じるもので、より軽い電子で電流を担う場合ですら、有限な質量があることから何らの形で電子を加速してやらなければいけないのであるが、 MHD近似においてはこの加速は問題にならないぐらいに簡単なことである、とするのである。

このMHD近似に従うと、固有磁場が超音速の太陽風に対して障害物となっているために上流に衝撃波が生じ、地球とつながる磁力線で満たされる磁気圏とその外を隔てる磁気圏境界層がある、磁気圏内部では、地球近くの宇宙空間はダイポール形状の磁力線で貫かれている(内部磁気圏)が、磁気圏の夜側(尾部)では磁力線が引き伸ばされて電流層が出来ている、ということが予想される。これはまさに観測される磁気圏のおおまかな姿であり、この時点ではMHDという枠組みの有用性を主張することができよう。

磁気圏ダイナミクスとMHD近似の限界: 磁気リコネクションを例に考える

磁気圏はおおまかには上で述べたような構造をしているが、内部のプラズマは静止しているわけではない。太陽風と相互作用する結果、磁気圏内部にはプラズマの対流が生じている。この対流は定常的に進むものではなく、次第に磁場という形で磁気圏尾部にエネルギーが蓄積される。そして、この蓄積されたエネルギーはしばしば爆発的に開放される。これはオーロラサブストームと呼ばれる現象で、磁気圏では強い電流が駆動され、地上では極域にオーロラが乱舞する。これを理解するということは、磁気圏物理における最も重要な研究課題の一つである。

MHD近似を用いてこのオーロラサブストームを納得のいく形で記述することはできるのであろうか。ここでの大きな難点は、鍵となるプロセスにおいて、それほど根拠があるわけではない仮定をしなければならないということである。例えば、磁気リコネクションはオーロラサブストームでのエネルギー開放において重要な働きをしていると考えられるが、実はこの過程は理想的MHDの範囲では起こらない。そこで、それを引き起こすための非理想的な効果として、電気抵抗というものを地上での常識に従って導入することが行なわれるが、無衝突プラズマの世界が常識外であることを考えれば、このモデル化は検証を要することである。

また、磁気リコネクションのようなダイナミックなエネルギー解放現象においては粒子加速も起きるが、無衝突プラズマ中においては地上と異なり速度分布関数が即座にマクスウエル分布に緩和することなく、加速過程の記憶を残した形状となっている。そして、この緩和がないという無衝突プラズマの特性が、今度は電磁場の時間発展に顕著な影響を及ぼすこともある。

実際、イオンの振舞に焦点をあてたGeotail衛星データ解析から、イオンスケールの効果が重要であることが浮かび上がった。磁気圏尾部のリコネクションジェットでは、イオンは(流体としてではなく)粒子として飛び回っている。そして、そのイオンスケールでのダイナミクスによって磁気リコネクション率がコントロールされる、また、MHDでは現れない大強度電流密度を内包する電流系が駆動される、といった重要な効果が観測で実証されたのである。

ここで注意したいのは、MHD近似が全くの役立たずである、と述べているわけではないことだ。MHD近似は言ってみれば保存則であり、その意味で大局的な記述に有効であることは間違いない。しかし、我々が磁気リコネクションという大規模現象に興味がある、と言っていても、実は興味は、それがいつどのように引き起こされるのか、という非MHD効果が絡む問題だったり、電流構造はどうなっているのか、という内部構造の問題だったりすることが多い、ということである。そうである以上、我々は我々の問題意識に対応した新しい記述体系を構築しなかればいけない。

動的スケール間結合の発見

Geotailの成果は、上でも触れたようにイオンスケールダイナミクスの重要性を実証的に示したことにある、と言ってもよいであろう。しかし、時間分解能の制限から追求することができたのはイオンスケールまでであった。われわれが磁気リコネクションのような爆発的現象で解明してみたいと思うことの一つは、その爆発はある「臨界」に達したときに起こるのであろうが、この「臨界」とは何であって、それを越えた時にどのように「爆発」が誘発されるのか、ということであろう。

MHDの限界を越えてイオンスケールまで含めて考察しても、この問いへの答えを得ることはできない。イオンダイナミクスを考慮しても、MHD近似でそうするように電子の質量を無視する限り、つまり、電子が有限の慣性を持っているとしてそのダイナミクスまで考えないのであれば、電子はより大スケールのダイナミクスからの要請を何の問題もなく受け入れることができる。質量ゼロの電子は、要請されるまま、強い電流も問題なく流すことができ、鋭い密度勾配も維持することができる。つまり、理想MHDにおいてそうであるように、「臨界」が訪れることはないのである。電子慣性の有限性を考えれば、局所的な特性長が少なくとも電子スケールまで達した時には有限電子慣性効果が現れ、その局所領域で何らかの形で散逸が発生することが理解できる。そして、今まではこれを「異常抵抗」などとモデル化してきたのだが、その妥当性は必ずしも自明ではないことは上で述べた通りである。

では、この問題の本質はどのように理解されるべきなのであろうか。指針は、最近の数値実験結果から学ぶことができる。この数値実験は、イオンスケールの電流層においてどうすればすばやく磁気リコネクションを引き起こすことができるか、を追求するために行なわれた。この電流層の厚さは、「異常抵抗」が発生することを仮定するにはいかにも厚すぎる、つまり、従来のスタンダードに従えばこのまま何も起こらない。ところがこの状況の3次元粒子シミュレーション(イオン・電子とも粒子として扱う、無衝突プラズマの全ての要素を取り入れた計算機実験)を行なうと以下の発見があった。

まず電流層の端でイオンが電子を引きずるような波動が発生する。電子がイオンとともに動くようになるということは、局所的に電流がせき止められるということであるが、この低減された電流量を補填するように電流層中心部で、加速された電子で担われる薄い電流層が形成する。そして、この薄い電流層を舞台にして、驚くほど素早く大規模なリコネクションが引き起こされることが観測された。つまり、イオンスケールの電流層の内部で、まず端でイオン・電子混成スケールのダイナミクスが起動、その結果、中心部で電子スケールのダイナミクスが誘発、そしてそのことがイオン・MHDスケールの大規模ダイナミクス(リコネクション)を急速駆動する、というダイナミクスの連携(スケール間結合)が生み出されていることがわかったのである。

MHD・イオン・電子スケールといった階層間の間隙をつなぐダイナミクスの結合があるというこの発見は、階層内のダイナミクスは基本的に独立しており間接的・静的にのみ連携している、という従来のイメージと大きく異なる。そして、それ故、この動的なスケール間結合は、およそ常識的な電気抵抗といった形では表わせそうにないことにも注意したい。

この動的スケール間結合によって、従来の常識に従えば何も起こらないはずの分厚い電流層でも素早くリコネクションを駆動できることが示された。そして、同様な動的スケール間結合が磁気圏・宇宙プラズマの様々なダイナミックな状況、これまでは曖昧な「異常輸送モデル」で対処していた状況で、機能を発揮していることが期待できるのではないだろうか。そして、そうであるならばその実証を試みたい、それがSCOPEミッションのグランドデザインである。

新しい宇宙プラズマダイナミクスの記述体系へ

我々の興味が大規模現象にあるとしても、実はMHD近似の限界を越えたところにその焦点がある場合が多く、 MHD近似を超越した新しい記述体系を構築していく必要性が高いことを指摘した。この体系を完成させていく努力こそが、無衝突プラズマという非常識な媒質で満たされた磁気圏空間の振る舞いを、本質的に理解することへとつながる道であると考える。そして、冒頭に述べたことからわかるように、この努力の効果は磁気圏科学のみにとどまるものでは決してない。

「宇宙プラズマにおいては、大規模な現象においても、多くの場合、鍵となる局所領域がある。グローバルな変化は、鍵となる局所領域にとっては境界条件の変化であろう。その変化に呼応して、鍵となる領域内部でイオンスケールから電子スケールまで、スケールをまたがったダイナミクスの駆動と連携が発生する。その結果、グローバルな発展にも大きな影響を及ぼす散逸や輸送が鍵となる領域で発生し、大規模ダイナミクス・構造にフィードバックする。そして、それがまた局所領域に影響する。」 我々が目指すべき、磁気圏・宇宙空間における無衝突プラズマのダイナミクスを記述する新しい体系とはこのようなものであろう。

注意したいのは、鍵となる局所領域における非MHD効果は動的なものであり、粘性や電気抵抗といった地上での経験から類推される常識的な緩和過程というモデル化が、必ずしも本質を捉えているかどうか保証がないことである。これらは新たに理解し定式化していくべきもので、現状のブラックボックスのままで放置してはいけないのである。そして、無衝突プラズマの複雑さやそれがが常識外のシステムであることを考えれば、このような努力は机上のみで進めるべきものではなく、実証をともなって進めることが必要である。

SCOPEミッションは、MC衛星群がグローバルダイナミクスのモニターをする中、鍵となる領域で鍵となるプロセスを電子スケールまで分解して計測する、というものである。SCOPEミッションのグランドデザインは新しい視点で磁気圏現象を解析・理解・整理すると同時に、新しい宇宙プラズマの記述体系の構築を実証的側面からサポートしていくことにある。