金星からの大気散逸に関する観測の可能性

 

ここでは金星上層大気に関する研究課題について述べる。VCO計画で提案する主題は金星下層大気の力学・構造に関連した事項であるが、よりグローバルなスケールの金星大気力学を理解する上で上層大気の粒子の運動を理解することも必要である。

この領域での中性大気および電離大気粒子の運動を理解することは、宇宙空間へと連なる系である惑星大気の循環・輸送過程を議論する上で重要であり、特に金星大気の進化、大気組成の長期的な変遷といった観点からは上層大気から惑星間空間へ流出する大気粒子の散逸過程の理解と定量的観測が重要な課題である。VCO計画における現在の検討状況においては、重量リソースの制約によってこのための観測に必要な測定器の搭載は確定できない状況にあるが、今後の検討において観測機器搭載の可能性を探っていきたい。

 

7.1 大気散逸研究の重要性

 

研究の背景

「金星と地球の大気組成がこれ程異なっているのはなぜか」、「地球と比較して金星に水が極端に少ないのはなぜか」。これらは比較惑星学において最も基本的かつ難解な問題のひとつである。太陽からの距離や自転周期の差を考慮しても問題に対する明解な答えを我々はもち合わせていない。これらの疑問に対する答えのひとつとして、金星に固有磁場が存在しない事に起因した大量の大気・プラズマ散逸による影響の可能性が指摘されている。比較惑星学的に興味あるテーマとしてだけでなく地球大気の過去・現在・未来を知るためにも、地球と相似した惑星である金星の大気がなぜ地球とは異なる歴史を辿ったのか理解する必要がある。

探査機による地球および惑星大気の直接観測は大気組成に関して多くの疑問を投げかけている。例えば、米国の金星探査機パイオニアビーナスは重水素と水素の比(D/H比)が地球の100倍も大きいことを発見した。また、地殻に含まれるウランの核分裂により生成されるヘリウムは地球大気中に存在するが、実際の大気中の存在量は理論値の100万分の1でしかない。これらの疑問に対して我々は明確な答えを持っていない。惑星大気組成と存在量に影響を及ぼす可能性をもつ大気散逸現象の観測的な実証と散逸量の正確な推定が、問題解明のためには重要と考えられる。

地球大気からの荷電粒子の散逸現象に関しては、幾つかの衛星により水素イオン・ヘリウムイオン・酸素イオン等が極域電離圏から磁気圏へ大量に流出していることが明らかにされた。また、旧ソ連の火星探査機フォボスは火星大気から宇宙空間へ大量の酸素イオン、一酸化炭素イオン、二酸化炭素イオンが流出していることを発見している。これらの発見は、(1)惑星には中性粒子とプラズマによる大気散逸過程が存在する、(2)惑星固有の磁場が弱いあるいは存在しない惑星では太陽風と惑星大気が強く直接相互作用し大量の大気・プラズマが流出している、(3)強い固有の磁場をもつ惑星では磁気圏と太陽風の相互作用による電離圏プラズマの加熱やオーロラ領域での加速によりプラズマが流出する、事を示している。大気散逸現象は量の差こそあれ、惑星にとって普遍的なものである。特に金星大気からは中性粒子とプラズマの両方が現在も大量に散逸していると考えられている。

地球大気と金星大気の比較研究が重要であるもうひとつの理由は、固体惑星の熱進化に関係している。現在の熱進化モデルに従えば金星には地球と同様にマントル対流があり、プレートテクトニクスが発達していると考えられる。しかし、Magellan探査機の観測は金星では現在から5〜7億年前にglobal resurfacingと呼ばれる惑星規模での溶岩噴出があり、その後地球型のプレートテクトニクスは全く存在しなかった事を物語っている。何故地球と金星が斯くも異なる熱進化の様式をとったか? 実際に、global resurfacingとはどのような事件であったか? 我々の理解は一体どこが間違っているのか? 等々疑問は尽きないが、global resurfacingによる溶岩噴出がそれ以前の地質学的証拠を消し去ってしまっているため、地表面の画像からその答えを導き出すのは困難である。我々に残されている唯一の「過去への窓」は実は惑星大気なのである。

 地球内部のダイナミクスの研究によれば、マントル中のHO量はレオロジーを支配し、惑星の熱進化に強い影響を与えている。従って現在の金星大気からどのくらいの速さでHやOが散逸しているかという見積もりは金星熱史を理解する上で不可欠な観測データである。こうした観点からこれまでの金星探査による大気観測データを見直すと、質・量ともに全く不十分であることが分かる。とりわけ強調されるべき点は、『現在』の大気中の組成や同位体比から、『過去』に遡って大気進化を研究するためには、現在の金星大気からの散逸量を定量的に理解すべき事である。金星大気の研究は翻って考えれば、我々の星の現在と過去を知るためにも欠かせないのである。

 

上下層大気の結合と金星大気の特異性

最近の惑星大気観測は重力波や潮夕波などの惑星大気波動により惑星表面を含む下層大気と上層大気が強く結合していることを示している。金星大気のスーパーローテーションは上層大気にまで及んでいる。地球と異なり金星は固有磁場をもたず濃い大気とプラズマを有するため、光化学反応に関連した非熱的散逸や太陽風との直接相互作用による大気・プラズマの散逸が現在もなお継続している。これらの事実は惑星表面から下層・上層大気や宇宙空間までを含めた一つの系として惑星大気散逸過程を理解する必要がある事を強く示唆している。金星は現在我々が直接探査によって惑星大気の進化過程を研究する事ができる太陽系内で絶好のターゲットである。しかし、このような惑星大気の変遷や惑星環境の変化さらに太陽系生成過程の研究を目的とした探査は未だ実施されていない。

 

7.2 金星からの大気散逸過程

 

金星のように固有磁場をもたない(極端に小さい)惑星からの大気散逸過程が、地球のような強い固有磁場をもつ惑星のそれと根本的に異なることは想像に難くない。図7.2-1に2つの惑星において顕著であると予想される過程を概念的に示した。荷電粒子の散逸過程に関しては、地球の場合は両極性電場や、プラズマ波動を介したイオン加熱による粒子加速等、磁場の存在が粒子の散逸に重要な役割を果たす過程が重要であるのに対し、金星の場合には惑星大気と太陽風が直接相互作用することに起因して、散逸のためのエネルギー源が外部から供給されるような過程が卓越するという点に特徴がある。また、金星大気の外圏底の温度は約200Kと低いために熱散逸より非熱的散逸が重要と考えられる。解離再結合による非熱的酸素原子の生成は金星大気で最も重要な反応であり、この酸素原子は水素原子との衝突を通して非熱的水素・重水素を生成し、これらが金星大気からの散逸粒子の重要な構成要素となる。


7.2-1 金星および地球からの荷電粒子・中性粒子散逸過程

 

7.2-1に現在までに得られた観測をもとに推定された金星と地球大気からの粒子散逸量を示す。地球大気の散逸に関しては既に幾つかの探査機による直接観測が行われているが、金星大気に関しては粒子の散逸を間接的に示唆する観測データが得られたに過ぎない。散逸量が両者で大きく異なるのは、惑星質量や大気組成の相違だけでなく固有磁場の存在に関連している。金星では解離再結合・太陽風捕捉・スパッタリング・プラズマ不安定過程(後述)に起因した非熱的散逸とともに太陽風との相互作用による大気・プラズマ散逸が最も重要である。

7.2-1 現在の惑星からの大気散逸量 (単位 個/秒)

惑星      熱散逸量        非熱的散逸量           プラズマ散逸量

  水素    酸素     水素    酸素    水素イオン   酸素イオン

金星     < 1024      0        (〜1026)  (〜1025)  (10251026)    (10251026)

地球     〜1026      0     10251026  < 1023      〜1026      〜1026

) 表中では地球のプラズマ散逸量のみ実測値、他は間接的な観測をもとに散逸量を推定した値。金星に関しては、理論的推定の根拠となるデータが不十分なため大きな誤差が予想される数値を(  )付で記した。

 

 惑星大気散逸過程の研究はジーンズによる熱散逸モデルの提唱により開始され、その後チェンバレンやハンテンが非熱的散逸モデルを提唱した。惑星大気の変遷を理解する一つのプロセスとして大気散逸過程は理論的に研究されてきた。金星において重要と予想される荷電粒子、中性粒子の散逸過程と現象をそれぞれ表7.2-2、7.2-3に示す。表には各々の過程で生成される粒子のエネルギーと、現象の観測に必要な測定項目をあわせて記した。7.2.1項から7.2.5項において各散逸過程に関する特徴を、7.3節で各々を観測・解明するための戦略と散逸量推定の方法について述べる。

 

7.2-2 荷電粒子散逸に関係した過程と測定項目

散逸過程               現象/対象             エネルギー     測定項目

太陽風誘導散逸

・太陽風電場による加速      非熱的イオン、        keV        非熱的イオン・電子、

  (イオンピックアップ)       プラズマ波動            −数10 keV     電場(AC)、磁場

プラズマ塊の尾部への流出

・波動電場による         熱的イオン流、        eV         熱的イオン・電子、

    加熱・加速               プラズマ波動             −数10 eV  電場(AC)、磁場

・速度シアーによる不安定 プラズマ雲、ホール、    数 eV         熱的/非熱的イオン・電子、

                         イオノポーズ、          −1 keV     プラズマ密度分布、

                          プラズマ波動、                       電場(AC)、磁場

                          テイルレイ                          

・圧力勾配による不安定       プラズマ密度不規則構造、 数 eV          熱的/非熱的イオン・電子、

プラズマ波動                −1 keV     プラズマ密度分布、

電場(AC)、磁場

熱的イオンの散逸

・両極性電場による加速       熱的/非熱的イオン流、 eV         熱的/非熱的イオン、

                                          −数10 eV     磁場

                                          

 

7.2-3 中性粒子散逸に関係した過程と測定項目

散逸過程                       現象/対象             エネルギー  測定項目

熱的散逸

・流体力学的        H*                  コロナ              < 1 eV 中性粒子風向・風速

非熱的散逸

・荷電交換        H + H+*→H+ + H*     水素コロナ           eV     極端紫外光

                   O + H+*→O+ + H*     水素コロナ           eV      

               O + He+→O+ + He*        ヘリウムコロナ           eV     

・解離再結合      O2+ + e → O* + O*   酸素コロナ          eV     

・衝突励起        H + e* → H*                     水素コロナ             eV     

                   O + e* → O*                     酸素コロナ             eV     

・光解離          O2 + hν→O* + O*      酸素コロナ          eV     

・イオンとの反応     O+ + H2→OH+ + H*                  水素コロナ          eV     

・スパッタリング、    O+* + H → O+* + H*    水素・酸素コロナ、       数 10 eV   極端紫外光

   ノックオン        O* + H → O* + H*      高エネルギー中性粒子  −1 keV  高速中性粒子

 

 


7.2.1 太陽風誘導散逸

 

金星大気において、熱的・非熱的な過程によりエネルギーを得た粒子は上層部に金星コロナを形成する。金星には固有の磁場が存在しないため、太陽風と電離圏の境界は金星表面に比較的近いところに位置し、太陽風はコロナの奥深い領域にまで浸入する。コロナが太陽風に曝された領域において中性粒子の一部は、1)太陽からのEUVやX線放射、2)太陽風陽子との荷電交換反応、3)太陽風電子との衝突、によって電離される。イオン化した粒子は太陽風に捕捉(ピックアップ)され太陽風のエネルギーにまで加速されて、惑星重力圏を脱出することが出来る。

この際、太陽風に捕捉されたイオンの一部はラーモア運動にともなって金星大気に再突入し、金星大気粒子をはじき出す事が出来る。この過程はスパッタリングと呼ばれ固有磁場をもたない惑星からの散逸現象として非常に重要である。Luhmann and Kozyra (1991)の理論的研究によればスパッタリングにより流出する粒子の総量はイオンピックアップによる総流出量に比べ1桁以上も大きい、と報告されている。

 

7.2.2 プラズマ塊の尾部への流出

 

米国の金星探査機PVOの観測によれば、電離圏尾部ではしばしば周囲よりも密度の大きなプラズマの塊(パッチ)が反太陽方向へと流出する現象が観測された。また、同じくPVOの観測をもとに尾部においてはプラズマが帯状の密度構造を保ちながら反太陽方向へと流出していく(テイルレイ)描像が得られている。イオノポーズ付近では速度と温度が大きく異なる太陽風プラズマと電離圏プラズマが接触するためプラズマ不安定が発生する。PVOが観測したパッチ、テイルレイ、プラズマ雲などの現象はプラズマのミクロ・マクロ不安定が大きく関わっていると考えられる。

PVOの観測においては正確なイオン速度の推定をなし得なかったため、流出量の推定は大胆な仮定に基づいており定量的な議論は現実性をもたなかった。しかしながらこれらの現象は、イオノポーズ付近における太陽風からの運動量流入、あるいは電離圏におけるプラズマ波動等による粒子加速が散逸過程を引き起こしている間接的な証拠であって、流出するイオン種の判別、散逸量の正確な推定を行えるような観測が強く望まれる。

 

7.2.3 熱的イオンの散逸

 

PVOに搭載された測定器はプラズマの密度と温度については定常的に観測を行い、大量のデータを提供した。これらをもとに求められた密度の高度プロファイルは、電離圏中の熱的プラズマが拡散平衡状態ではなく、動的な平衡状態にあることを示していた。Hartle and Grebowsky (1995)は上向きにドリフトするHイオンの速度を高度500kmでおよそ1 km/sと推定し、加速は偏極電場によるものと報告している。その他にもイオンホール中のH、Oが圧力勾配によって尾部へ流出する現象など、熱的イオンが上層大気から散逸する可能性が指摘されているが、これらのPVOによる観測をもとにした研究はいずれも間接的な証拠を提示しているに過ぎない。熱的イオンのドリフト速度を正確に測定することが可能な機器による正確な観測が必要である。

 

7.2.4 熱的中性粒子の散逸

 

大気の静水圧平衡条件が破れたときに、宇宙空間に向かって大気粒子が膨張していく場合に起こる散逸としてHydrodynamic escapeが知られている。これは大気温度が高く、粒子の熱速度が重力に打ち勝つ条件で生じる。現在の金星上層大気の温度はHydrodynamic escapeを効率よく引き起こすほど高温ではないが、惑星形成直後の太陽活動が現在に比べ活発であった時期には大量の粒子散逸が生じたと可能性も指摘されている。

もうひとつの熱的散逸過程として、上層大気中の粒子間の衝突が頻繁に起きない領域で、大きな熱速度をもった粒子が散逸するJeans Escapeがある。

 現在の金星大気温度を考慮した時、これらの過程が他の過程を凌ぐほどの散逸量を引き起こしているとは考えにくい。しかしながら、惑星形成直後および現在までの粒子散逸量を推定するために、直接探査によって現在の熱的散逸量やその太陽活動に依存する変化量を観測的に求めることは非常に重要である。

 

7.2.5 非熱的中性粒子の散逸

 

7.2.3に記したように中性粒子、イオンおよび電子間の光化学反応によって、エネルギー励起された粒子が重力に抗して散逸する過程である。中でも、解離再結合、荷電交換反応により生成されたエネルギーの高い(1〜数eV)中性粒子は非熱的な散逸過程として特に注目されるべきものである。

7.2.1項で述べたスパッタリングと呼ばれる現象は、エネルギー源は太陽風に捕捉されたイオンにあるが散逸粒子は中性であるために非熱的な中性粒子散逸の範疇に入れることも出来る。

これらの散逸過程で特筆すべき事は、光化学反応とスパッタリングの双方の過程が昼側の極めて広い領域で起きるため、単位面積あたりの散逸量が小さくても積分量としては大きな値となり得ることにある。



7.3 散逸過程解明の方法と散逸量推定までのシナリオ

 

7.3.1 必要とされる測定器の性能

 

前節で述べた大気・プラズマ粒子散逸過程の解明には粒子測定器による直接観測を用いて熱的・非熱的粒子の速度分布関数を観測することが必須である。また、これらは外的条件によって大きく変化することが予想されるため、太陽風や太陽輻射の変動に対する昼間側および夜側電離圏の応答と散逸量の変化をおさえるべく長期の観測も重要である。極端紫外光観測による酸素コロナやヘリウム大気の可視化は3次元的な密度分布を明らかにし、軌道傾斜角が小さく赤道周辺を集中的に観測する探査機が直接探査できない高緯度領域からの粒子散逸量の推定に威力を発揮する。トップサイドサウンダーによるプラズマ密度の遠隔的探査は、直接探査ではなし得ない瞬時の立体的な空間構造を明らかにし、粒子の直接観測データと相補的に用いることによって、大気散逸過程を多くの側面から研究する事を可能にする。

7.2-2、7.2-3に示したような散逸過程で出現する現象を観測して、その物理過程を理解するためにはこれらの表中の右側の列に示すような測定を行うことが必要である。各々の測定のためには表7.3-1に示されるような機能を有する観測器が用いられなければならない。

 

 

表7.3−1 測定器に要求される性能

 測定項目/測定器『略称』

要求される性能

極端紫外光

(eXtreme Ultra Violet)

   『XUV』

·           金星大気中の主要な中性・荷電粒子の共鳴線(極端紫外領域)が観測可能なこと。

·           2次元のイメージング機能をもつこと。

非熱的イオン質量エネルギー分布

(Ion Spectrum Analyzer)

   『ISA』

 

非熱的電子エネルギー分布

(Electron Spectrum Analyzer)

    『ESA』

·           3次元空間での速度分布関数の測定機能を有するとともに質量分別機能を併せもつこと。

エネルギー範囲 : 5 eV 〜 40 keV

質量範囲    : 1 〜 50 AMU

·           空間方向の掃引が可能な静電型エネルギー分析器

エネルギー範囲 : 1 eV 〜 15 keV

  エネルギー分解能: ΔE/E = 0.07

熱的イオン質量エネルギー分布

(Thermal Plasma Analyzer)

『TPA』

 

 

熱的電子エネルギー分布

(Thermal Electron Detector)

    『TED』

·           熱的イオンの速度ベクトル・温度・密度が測定可能なこと。

エネルギー範囲 : 0 〜 30 eV

速度計測精度  : 50 m/s

質量範囲    : 1 64 AMU

·           熱的電子の温度・密度・エネルギー分布測定が可能なこと。

エネルギー範囲 : 0 〜 3 eV

電場(DCおよびAC)

(Plasma Wave) ―――

           |

           |

          |

プラズマ密度分布  |

(Plasma Sounder) ―――『PWS』

·           自然プラズマ波動観測

下記の周波数におけるプラズマ波動の検出能力をもつ測定器。

周波数範囲  : 0.01 Hz    10 MHz

固定周波数部 : 10MHz、15MHz及び20MHz

·           プラズマサウンダー観測

電子密度が102〜106 /cm3のプラズマを検出することが可能なトップサイドサウンディング機能を有すること。

高速中性粒子

 (Energetic Neutral Atoms)

   『ENA』

·           エネルギーが0.1 keV〜10 keVの中性粒子の測定が可能なこと。

·           HとOの質量弁別が可能なこと。

中性粒子風向・風速

(Neutral Particle Detector)

    『NPD』

·           金星熱圏中の中性粒子の風向風速・温度・密度が測定可能なこと。

特に風速に関しては20 m/sの精度をもつことが必要。

磁場

(Magnetic Field)

   『MGF』

·           磁場ベクトル3成分の測定が可能なこと。1 nTの測定精度が必要。

 

 

7.3-2 各測定器がカバーする粒子およびエネルギー範囲

 

7.3-2に各々の測定がカバーする粒子の種類、エネルギー範囲、周波数範囲を表す。ここに掲げたような測定を実行することによって、金星からの大気散逸現象を様々な側面から観測することが可能となり、中性粒子と荷電粒子に関する大部分の種類の散逸過程を経た流出量を推定することが出来る。

過去になされた金星探査においては、地球周辺の領域では存在しない類の大気・プラズマ・太陽風に関連する自然現象が数多く見出された。これらの現象が金星大気散逸を含むダイナミックな金星上層大気と宇宙空間との直接相互作用を間接的に示唆する、という点においては過去の観測は重要であったが、それ以上の議論に耐えられるものではなかった。ここで提案する探査計画によって、金星からの大気散逸についての初めての本格的探査が始まるのである。こうした大気散逸をはじめとした大気の運動や大気波動などの多角的な探査・観測を行うことが、金星大気の気象・気候と大気の変化・変遷を議論する上での重要な材料となる事は言うまでもない。

 

7.3.2 観測から散逸量推定までのシナリオ

 

7.2節で述べた5つの大気散逸過程と各測定器による観測との対応が表7.3-3に示されている。各々の測定器による観測をもとに、大気散逸過程の解明する方法から散逸量を推定するまでのシナリオについて説明を行なう。

 

7.3-3 大気散逸過程観測のための測定器

(◎は散逸過程解明のための重要項目、○は補助的項目)

測定器略称

UV

ISA/ESA

TPA/TED

PWS

ENA

NPD

MGF

太陽風誘導散逸

 

 

プラズマ塊の尾部への流出

 

 

熱的イオンの散逸

 

 

 

熱的中性粒子の散逸

 

 

 

 

 

非熱的中性粒子の散逸

 

 

 

1)太陽風誘導散逸

この散逸は金星コロナを形成する中性粒子が電離過程を経て太陽風に捕捉(ピックアップ)された結果生じる過程であり、散逸のための粒子加速は太陽風電場により行われる。捕捉された直後のイオンは3次元速度空間上でトーラスを形成し、さらに時間が経過するとシェル構造へと変化していく事が予想される。これらの特徴的な速度分布はISA(非熱的イオン測定器)により判別する事が可能で、金星上層大気中の領域やイオノポーズからの距離に応じたピックアップイオンの生成量を見積もることができる。XUV(極端紫外光望遠鏡)によるコロナの観測は、中性粒子の空間的広がりを明らかにし、ピックアップイオンの供給源となる粒子の分布を提供する事が出来る。また、太陽風と電離圏プラズマが接するイオノポーズ付近では2流体不安定が生じ、プラズマの加熱・加速を引き起こすという可能性も指摘されている事(Shapiro et al., 1995)から、同時にプラズマ波動測定器によるスペクトル観測も散逸過程解明のための重要なデータとなる。

 観測から散逸量推定を行う手法に関しては、ISAによって得られる速度分布関数からプラズマの密度と速度を推定、これらからフラックスを求めることになる。さらにXUVによる中性粒子、MGFによる磁場の観測を合わせることによって、中性粒子が太陽風に捕捉され流出するまでの散逸過程かつ具体的な散逸量分布の提供が可能である。

 

2)プラズマ塊の尾部への流出

この散逸は電離圏尾部において生起、あるいはイオノポーズ付近で生成され尾部に向かって対流した密度の高いプラズマの塊が、反太陽方向へと流出する現象である。粒子のもつエネルギーは幅広く数eVから1 keVにまでわたっているため、熱的イオン用のTPAと非熱的イオン観測のためのISAを同時に運用する必要がある。プラズマ塊の加速にはプラズマ波動が重要な役割を果たすとの説もあり、散逸に有効なプロセスを理解する上でもこれらの機器を同時に運用することが望ましい。

散逸量の推定は1)の場合と同様に、TPAとISAによるプラズマの速度ベクトルおよび密度の観測から熱的・非熱的粒子の双方についてフラックスを求めることになる。長期間の観測による上層大気中の高度方向、経度方向のサーベイは金星夜側からの粒子散逸量の広範囲での空間分布を明らかにする。

 

3)熱的イオンの散逸

この型の散逸としては、地球の極冠域から電離圏起源の低エネルギーイオンが流出するポーラーウインドが代表的な過程として知られているが、金星電離圏においても同様な過程が存在する事がHartle and Grebowsky (1995)により報告されている。両極性電場による加速が有効であるとすれば、磁場の計測、熱的プラズマの温度・密度分布の測定が重要なキーとなる。マクロスケールのプラズマ密度分布に関してはXUVによる遠隔探査が威力を発揮する。

散逸量の推定は、探査機の位置での局所的な値に関してはTPAによる熱的イオンの速度、密度の観測からの粒子フラックスの推定が可能である。XUVによって得られるプラズマ密度分布データに関しては時間変化からプラズマの運動情報を得られる他、Hartle and Grebowsky(1995)が用いた動的平衡モデルとの比較により熱的イオンの速度を推定する方法を適用することによって全球的な散逸量の推定が可能となる。

 

4)熱的中性粒子の散逸

Hydrodynamic escapeやJeans Escapeに代表されるような中性散逸には、エネルギーの低い熱圏粒子の観測が重要でありNPDによる風向・風速および温度の測定がキーとなる。熱圏大気の温度が直接観測により明らかになれば、理論的にHydrodynamic escapeの散逸量は求めることが出来る。また、熱圏を支配する昼夜間対流はどのように閉じているのか、夜側で粒子の散逸は起こり得ないか、太陽風誘導散逸により流出する粒子の供給源である熱圏の粒子はどのように拡散するのか、など熱的中性粒子の観測に期待する課題は数多い。金星の外圏底においては熱的中性粒子の温度が低いため自らの熱エネルギーで散逸する可能性は小さいが、太陽風誘導散逸や非熱的散逸の粒子の供給源として特に重要であり、この観点からは高度に対する温度分布、密度分布を観測的に求めることが必要である。

 

5)非熱的中性粒子の散逸

これはおもに荷電交換、解離再結合等の光化学反応を経て粒子が数eV程度にエネルギー励起された結果として生じる過程であるが、XUVによる中性粒子の観測が有効である。現在提案中のXUVでは主要な粒子種は観測するものの表7.2-3に述べられた全ての中性粒子をカバーすることは出来ないが、XUVの他、TPA、NPD等の観測を合わせて解析する事によって各々の種類の密度分布を算出し、個々の反応過程を考慮して解析的に非熱的中性粒子の密度分布を推定することが出来る。こうして求めた密度分布の時間変化を用いることによって、速度、さらに粒子フラックスを求めることが出来る。

 

7.4 観測機器

 

7.2-2〜3に示したように大気粒子の散逸には様々な過程が存在する。それらを多角的に観測・理解するためには7つの測定器が必要とされる。各々の散逸過程はそれぞれ特徴をもつが、金星のような固有磁場をもたない(あるいは極端に小さい)惑星からの大気の流出として特に重要と考えられるのは1)解離再結合、2)太陽風捕捉、3)スパッタリング・ノックオン、4)プラズマ不安定に起因する粒子加速、の4つであると考えられる。こうした状況を鑑みて、また周回衛星に搭載される観測機器に与えられる重量的制約を考慮して、本計画においては次の4項目を最も重要であると位置付けた。以下にそれぞれの項目に関する概略を述べる。機器構成に関しては軽量化のため電子回路部は共有するものとし、各項目に記載された重量は各観測器の回路部を除いた値を示している。

 尚、表7.3-1に述べた7つの測定項目に対応する観測機器についての詳細を付録A1に掲載する。

 

7.4.1   非熱的イオン測定器 (ISA)

 

 金星大気に起源を持ち太陽風と共に運び去られる荷電粒子は、大きく分けて次の2つに分類される、1)金星大気から飛び出した非熱的中性粒子が電離されイオンとなり、それが太陽風電場によってピックアップされるもの、2)夜側の電離圏プラズマが、太陽風から運動量を得て、惑星間空間に運ばれてゆくもの。

 イオンの 3次元速度分布関数の計測を実施すると、太陽風電場によってピックアップされた成分は、そのジャイロ運動に伴い、リング状もしくはシェル(球殻)状の構造を示すので、太陽風成分と分けて識別できる。また、夜側電離層起源のイオンは、温度が低く、主として、磁力線に沿って惑星間空間に流れ出してゆくので、この成分も前者と分けて識別が可能である。各成分について速度分布関数から粒子フラックスを計算すれば、直ちに、本観測の主目的である粒子の散逸量が求められる。さらに、イオンの速度分布関数の構造を詳しく知ることによって、散逸過程の物理機構を探ることができる。

 イオンの計測器としては、3軸制御の非スピン衛星に搭載するので、静電デフレクターを粒子入射部に設けたトップハット型の静電分析器をマグネット型の質量分析装置と組み合わせた方式採用する。これにより、H+、He++、O+などのイオンを弁別して計測を行う。Geotail、Planet-Bでの実績を踏まえて設計することが出来る。

 

諸元       エネルギー範囲        5 eV − 40 keV

エネルギーステップ    32

エネルギー分解能      ΔE/E = 0.15

質量分解能            1 50  (AMU)

視野角                4°× 180°

角度分解能            2°× 7°

時間分解能            20

幾何学因子            1 × 10-4   (cm2 sr eV/eV for 22.5°× 4°)

                   寸法                  230 × 140 × 140  (mm)

重量                 2.0  (kg)

 

7.4.2   極端紫外光望遠鏡 (XUV)

 

 現在、我々が持っている金星外圏の構造に関する知識はPVOの観測をもとにBraceらが描いた全体像に依存するところが非常に大きい。しかし、PVOをはじめとするどの衛星観測も、特定の領域を(太陽風などの)特定の条件で観測したに過ぎず、そこから導いた描像は観測に矛盾しないものを想像したに過ぎない。例えば、金星尾部で時折観測されたプラズマ雲という呼ばれる密度の高い領域は、昼間側から夜側電離圏に運ばれたOの宇宙空間への損失の結果であると解釈されている。しかし、この考えを定量的に支持する観測結果も、さらには、昼間側からのOの対流が本当にプラズマ雲の形成に関与しているのかは全く解っていない。このような領域(現象)の存在(発生)は金星外圏大気の散逸量の多くを担っている可能性がある為、惑星大気の循環・宇宙空間への損失を論ずる上では重要である。全体的な空間構造やその時間変化を1つの衛星から追うにはXUVによるプラズマ・大気撮像が最適である。ここに提案するXUV(eXtreme UltraViolet)ImagerはO(83.4nm)、H(121.6nm)、He(58.4nm)、O(130.4nm)の共鳴散乱線を検出し、金星の外圏構造を2次元の像として可視化する望遠鏡である。この望遠鏡では、金星外圏のおおまかな形状(例えば、ホール、テイルレイ、プラズマ雲、太陽風の変化に伴う金星電離圏の膨張・縮小、dawn-dusk 非対称性)を押さえることが目標である。原型器はPlanet-Bに搭載され順調に観測を続けている。さらに発展型がSELENEに搭載される。

 

諸元       寸法                  φ 120 mm × 140mm (2台)

波長分解能            5 nm以下 (FWHM)

視野角               15°× 15°を2分割

角度分解能           0.235°× 0.235°

重量                 1.8 kg

 

7.4.3   自然プラズマ波動観測装置 (PWS)

 

 太陽風との直接相互作用の結果金星電離圏内並びにイオノポーズ周辺においては、DCより高周波数域に展開するミクロ並びにマクロプラズマ不安定現象が発生してきわめて多様なプラズマ波動現象が存在すると考えられる。これらのプラズマ波動現象は金星プラズマ分布並びにプラズマの散逸過程と直結するものであり、そのスペクトルや空間分布の観測は金星電離圏ダイナミックスを理解する上で不可欠の物理量を提供することになる。イオノポーズ生成の物理において、太陽風と金星電離圏プラズマとの境界に発生すると考えられるプラズマ波動は、たとえば電離圏構造のMHDシミュレーション実施上必要な仮定である粘性項の妥当性や、その根源となるミクロプロセスを評価する上でも重要な問題である。

これまでの金星周辺におけるプラズマ波動観測は唯一PVO観測に求めることができるが、PVO観測結果において指摘されるべき問題点はプラズマ波動現象に関する情報があまりに少ないことである。PVO観測では低周波数帯の4チャンネルにおける強度データのみ取得されたが、イオノポーズ近傍の領域においてこれらの周波数帯におけるプラズマ波動の発生が報告されている。しかし、これらの極端に限られたデータのみで金星近傍のプラズマ波動現象を論ずるのは困難であり、惑星電離圏・磁気圏近傍に生成する多様なプラズマ波動現象の実体を把握する今日の惑星探査機の概念からすれば、金星電離圏内のプラズマ波動やイオノポーズ付近の電場ゆらぎに関する詳細な探査は必須な事項としてあげられる。プラズマ波動観測に関連して、金星の大気の擾乱あるいは金星の火山活動によって発生するであろう雷を捉える試みも残された課題である。雷放電による広帯域電磁波ノイズは電離層突き抜け周波数を超える周波数帯での電波観測により可能となるが、その発生域分布を得ることにより火山活動や大気の擾乱に関する重要な情報が得られるものと期待される。

 金星における自然プラズマ波動観測装置としては極端に制約を受けたリソースを前提にしても、以下の仕様を持った先端長6mの電界センサーを展開しての、直流より10MHzに至る自然プラズマ波動のスペクトル観測は必須事項とされる。設計はPlanet-B、SELENEの同型器を基に行なう。

 

諸元       観測周波数範囲

低周波数部    0.01 Hz    10 kHz

                      高周波数部    10 kHz – 10 MHz

                      固定周波数部  10 MHz、15 MHz及び20 MHz

周波数ステップ

低周波数部   128ステップ

                      高周波数部    256ステップ

時間分解能    

低周波数部   2秒

                      高周波数部    1秒

                      周波数固定部  0.05 msec

寸法

電子回路部    210 × 150 × 60 (mm)

アンテナ      3 m × 2本

重量

電子回路部    1.2  (kg)

      アンテナ       1.2  (kg)

 

7.4.4 磁場計測器 (MGF)

 

 金星には固有磁場が存在しないため、太陽風と金星大気の境界面であるイオノポーズの高度は地球のマグネトポーズの高度に比べてはるかに低い事が知られている。また、金星電離圏およびその周辺に広がる領域に存在する磁場は太陽風起源のものであり、電離圏境界面付近をドレープしつつ反太陽方向へと流れ出すというイメージが一般には描かれており、地球の場合とは根本的に異なる磁力線の配置がなされる。

これらの事に起因して、大気粒子の散逸過程も金星と地球の場合では大きく異なることが予想される。すなわち、地球の場合磁力線の存在が重要な役割を果たすプラズマ波動によるイオン加熱、両極性電場等の粒子加速プロセスが支配的であるのに対し、金星の場合は太陽風と電離圏が直接相互作用するため、イオンピックアップ、スパッタリングや速度シアー領域に発生するプラズマ不安定によるイオン加速現象が大気散逸をつくりだすエネルギーの源になっている。しかしこの場合、イオンピックアップやプラズマ不安定を考える上で磁場ベクトルの方向と大きさはキーとなるパラメータで、地球の場合とは異なった意味において磁場の測定が重要となる。

またさらに夜側電離圏のホール、プラズマ雲、ストリーマーといった現象がプラズマの散逸過程に何らかの役割を果たしていることは確かで、こういった構造を磁場が決定している可能性が大である事からも、磁場測定が大気散逸を解明する上で最も重要な測定項目のひとつであると見なされる。

測定器としてはフラックスゲート磁力計を採用し、磁場をベクトル量として計測するため直交3軸のリングコアを使用して、センサーは探査機本体が発する磁気ノイズの影響を避けるため伸展される。測定レンジはコマンドまたは自動切換えにより数段階に変えられるようにする。宇宙研の地球磁気圏、惑星ミッション全てに搭載されてきた実績がある。

 

諸元       方式                  リングコア型フラックスゲート磁力計

               計測軸                直交3軸(X,Y,Z軸)

               測定範囲              Range 0  ±16nT           Range 1 ±64nT

                                     Range 2  ±256 nT         Range 3 ±1024 nT

                                     Range 4   ±65536 nT

               量子化分解能          16 bit

               サンプリングレート               32 Vectors / 秒 (Max)

寸法 (処理回路部)     310(W) × 280(D) × 70 mm(H)

   (センサー部)     1100(W) × 180(D) × 180 mm(H)

重量 (センサー部)        300 g 

                (ブーム部)           700 g

                (基本回路基板)       600 g  (I/F・マスト制御基板、筐体は共有を前提)

               消費電力 (処理回路部) 4 W

                        (センサー部) 10 W (ブーム展開アクチュエータ)

 

7.4.5 参考文献

 

Luhmann, J.G. and Kozyra, J.U., Dayside pickup oxygen ion precipitation at Venus and Mars: spatial distributions, energy deposition and consequences, J. Geophys. Res., 96, 5457-5467, 1991.

Hartle, R.E. and Grebowsky, J.M., Planetary loss from light ion escape from Venus, Adv.    Space Res., 15, No.4, 117-122, 1995.

Shapiro, V.D. et al., On the interaction between the shocked solar wind and the planetary ions on the dayside of Venus, J. Geophy. Res., 100, 21289-21305, 1995.