あけぼのの20年 |
あけぼの衛星について
科学衛星「あけぼの」は、オーロラを光らせるプラズマの加速メカニズム解明を主目的として、1989年(平成元年)2月22日に当時の宇宙科学研究所によって打ち上げられた衛星である。オーロラ粒子が加速されている領域を観測するために、プラズマ、磁場、電場、波動を観測する機器と、オーロラ撮像カメラの計9種の科学観測機器を搭載した。オーロラ粒子加速域は南北極域における数千kmの高度に出現するため、あけぼの衛星は遠地点10500km、近地点270km、軌道傾斜角75度の、準極軌道に投入された。
2009年2月22日、あけぼの衛星は打上げ後20周年を迎えた。初めての人工衛星を打ち上げてからやっと50年が経った人類にとって、20年という長い期間にわたる磁気圏の観測によって得られたデータセットは、極めて貴重である。放射線によって劣化したオーロラ撮像カメラ、電場計測プローブ以外の機器は現在でもデータを取得している。北極上空域のオーロラ現象はスウェーデンのエスレンジ局、プラズマ圏や放射線帯のデータは内之浦局で主に受信している。
あけぼの衛星
あけぼの衛星の成果
あけぼの衛星のデータによって、あけぼのプロジェクトの当初の目的であるオーロラ粒子加速機構に関して、多くの重要な発見が成された。イベント的な研究のみならず、長期間かかって取得した多くのデータを利用することによって、電離圏、太陽活動、太陽風の条件など、オーロラ粒子加速機構に影響を与える要素を明らかにすることが出来た。このほか、地球極域からのイオン流出、低緯度のプラズマ圏や放射線帯の構造と消長について重要な結果が得られた。
オーロラ観測とオーロラ粒子加速
オーロラ関連現象に対するあけぼの衛星の最大の貢献は、プラズマ粒子、磁場、電場、波動、オーロラ撮像のフルセットの機器により、多角的に加速域の観測が行われたことと、長期間にわたりデータを取り続けたことにより、太陽活動、地球磁気活動、季節依存性に対する統計解析が成され、オーロラ加速に効く物理パラメータが明確になったことである。あけぼの衛星の観測の解析により、オーロラを加速する機構が、季節に依存することが明白に示され、更にそれは電離圏の状態に大きく影響を受け、太陽光があたらない冬半球において、よりオーロラ加速機構に有利な条件が整うことが明らかになった。
あけぼの衛星が撮影したオーロラ
極冠域からのイオン流出現象の観測
オーロラ帯や極冠域からは電離圏起源のイオンが磁力線沿い外向きに加速され磁気圏へと流出している。イオン流出を引き起こす粒子加速過程は多種多様であり、それぞれ発生領域やエネルギーに特徴をもっている。あけぼの衛星にはSMS(超熱的イオン質量エネルギー分析器)、LEP(低エネルギー粒子計測器)という異なるエネルギーに感度をもつ2つの測定器が搭載されていたため、イオン流出現象の観測には最適であった。また、流出現象を駆動するイオン加速過程の解明には電場、磁場、プラズマ温度の計測、プラズマ波動の観測が必要であるが、あけぼの衛星に搭載されていた測定器によりこれら全ての観測項目を完全に網羅していた事が、世界でも卓越した観測成果を生み出す原動力となった。
磁気嵐時の内部磁気圏の変動
従来プラズマ圏は地球と共回転する低温プラズマで満たされた比較的静穏な領域と考えられてきた。しかしながら、プラズマ波動の観測データからは、実際には磁気嵐に伴って、プラズマ密度の構造が大規模に変化し、高温の電子の侵入を示唆するプラズマ波動が出現していることが明らかにされている。磁気嵐回復相においてプラズマ圏の大規模な密度変動が発生していることが見出された。プラズマ圏の大規模な構造変動に加えて、磁気嵐時のプラズマ圏においては、磁気赤道域でのプラズマ波動の強度増大現象、強い温度異方性をもったプラズマが存在すること、磁場擾乱の急始にともなってプラズマ波動の擾乱域が内部磁気圏赤道域・極域を伝搬していることが明らかにされた。
放射線帯観測
あけぼの衛星は、そのユニークな軌道条件により、放射線帯の外帯と内帯を毎パス通過する。このため、衛星搭載機器の放射線ダメージが想定され、簡易型の放射線モニター(RDM)が搭載され、常に軌道上の放射線環境を計測する衛星となった。RDMにより、磁気嵐の主相において、放射線帯外帯電子が消滅する事が、あけぼの衛星によって発見された。非常に長期の連続観測により、太陽活動に同期した放射線帯の変動も発見された。
放射線帯の強度変化と太陽黒点数
地球の極域では、時間と共に周波数が上昇するVLF波動(ライザー)が頻繁に観測される。あけぼの衛星によるVLF観測データは、 放射線帯電子生成のメカニズム解明に非常に重要な役割を果たした。VLFコーラス波動が有するエネルギーで、十分に外帯電子の加速が説明しうることが示された。
あけぼの衛星のこれから
あけぼの衛星は放射線帯を通過する軌道をとるため、20年間の長期間にわたり運用を続けた今、共通機器・観測機器共に性能が劣化していることは否めない。しかし、共通機器は通常運用を行うために必要な性能を維持している。また、劣化により計測を停止せざるを得なかった観測機器も一部存在するが、多くの観測機器が、今後更に科学成果を出すために十分な性能を保って計測を継続している。
太陽の大規模磁場の極性の反転は22年周期で起こることが知られている。黒点数で代表される太陽活動度は、その22年の間に2回の増減を繰り返すので、11年の周期を見せる。あけぼの衛星の観測対象である地球の磁気圏は、太陽風の磁場、密度、速度、擾乱などに大きく影響を受けて様相を変える。即ち、全ての太陽の状況に対しての磁気圏の応答の研究を行うためには、22年間継続した観測が必要である。あけぼの衛星は既に20年間観測を継続しており、更に2年間運用を継続して22年間の連続したデータを取得すれば、あらゆる太陽の局面に対する磁気圏の観測の完結という、重要な仕事を成し遂げることが出来る。
太陽の活動度の11年周期 (C)NASA
あけぼの衛星の軌道自体が打ち上げ当初からは変化して、観測高度が下がっていることも注目に値する。遠地点高度は、当初の10500kmから下降し、2009年2月現在、約5000kmである。下の図は、18年間の遠地点高度、軌道周期、各高度範囲における存在頻度をプロットしたものである。一番下のプロットからもわかるように、遠地点の降下に伴い、あけぼの衛星の各高度範囲における存在頻度の分布も変化している。
あけぼの衛星プロジェクトを更に2年間継続することによって、次の研究課題に答えうるデータが取得できる。
22年間に長期変動する磁気圏の描像の解明
放射線帯外帯やプラズマ圏は太陽風の状況の変化に呼応して大きく様相が変わることが知られている。高速太陽風の到来によって、放射線帯外帯における高エネルギー電子が突発的に増大し、磁気圏内に大きな電場が誘起されると、プラズマ圏は急激に縮小する。しかし放射線帯外帯電子がどのように相対論的エネルギーにまで加速されるのか、太陽風に起源を持つ磁場や電場がどのようにプラズマ圏の形成に関っているのか等、解決すべき課題が多く存在する。あけぼの衛星は放射線帯・プラズマ圏を観測する上で有利かつユニークな軌道を取っている。22年間継続した観測によって始めて得られる、全ての太陽活動位相を網羅したデータを用い、これらの課題に取り組んでいく。
近年打ち上げられた衛星・地上との同時観測
2005年打ち上げのれいめい衛星や、2007年打ち上げのTHEMIS衛星と、異なる高度において同時観測を行うことによって、オーロラ発光に関る現象が、地球に近づくにつれて発達・変化していく様子が観測できる。このような従来には無かった手法でオーロラ関連現象を解析することによって、新たな発見が期待される。また、2007年夏期に打ち上げられたかぐや衛星によって、プラズマ圏や極域からのイオン流出の撮像が行われている。あけぼの衛星による精密だが局所的なプラズマ観測と、リモートセンシングによる大局的だが積分値の観測を組み合わせることによって、プラズマ圏の構造やイオン流出の高度分布の研究に新たなアプローチの方法が開ける。同一磁力線上における地上との同時観測によって、磁気圏と電離圏の相互作用について大きく理解が進む。