ISASニュース 1998.4 No.205

第3回 PLANET-Bの目指すもの

早川 基  

 表面の模様が運河に見えるためかSFの影響かは分かりませんが,“火星”というと前回の記事にも出てきた「緑色の小人」やこの記事のタイトルバックに描いてあるような蛸のような火星人を思い浮かべるのが一般的なようです。この為かどうかは分かりませんが,昨年夏に火星に到着した Mars Pathfinder(皆さんの記憶にも新しいと思います)やついこの間の Mars Global Surveyer(MGS) までの殆どの衛星が地形,地質,気象,生命といった分野の観測を目的としています。火星からの隕石に生命の痕跡が有った/無かったの騒ぎや有人の火星探査をアメリカが計画しているおかげで,火星に対する上述の分野の観測がますます盛んになりそうですが,我々が計画しているPLANET-Bはそれとはちょっと異なり「火星上層大気と太陽風との相互作用」に主眼をおいています。(地形,地質,気象といった分野の観測も行いますが,大気やプラズマ関連の観測が主です。)

 過去の衛星でPLANET-Bと似たような観測を行っているのは軌道投入後2か月ほどで,フォボスへの接近中に死んでしまった,旧ソビエト連邦の Phobos-2ぐらいでしょう。この衛星は短期間で死んでしまったのですが,それまでの間に火星の夜側で火星から大量の酸素が流れ出ていることを発見しました。どの程度の酸素が流出しているかといいますと,Phobos-2で観測された物がいつでも全域にわたって流れ出しているとするとなんと1億年で現在の火星大気中の酸素が無くなってしまうほどの量です。(地面からの供給があるので,本当に1億年で火星大気中の酸素が全て無くなってしまう訳では有りませんが。大変な量である事には違いありません。)この観測がPLANET-Bを計画する動機の1つになっています。つまり,本当にこれほど大量の酸素が流れ出ているのだろうか,又,どういった機構が働いて酸素が流れ出しているのだろうかをきちんと調べようという訳です。

 酸素流出の問題は火星の夜側の話ですが,全球にわたる問題としては,火星の固有磁場の問題があります。火星は地球とは異なり,惑星固有の磁場が無いか又は有っても大変小さなものです。(MGSの観測によれば,固有磁場と呼べる物はなく,局所的に帯磁した物が見えるだけとの事ですが,まだはっきりと結論が出ている訳ではありません。)この固有磁場の有る・無しをきちんと調べるためには太陽風の中の磁場の影響から逃れるために,なるべく低い高度で観測をすることが望まれますし,火星全域での磁場を測定するためには軌道は極軌道に近い事が望まれます。また,火星では固有磁場が殆どないために,昼間側に於いては地球では磁場によって遮られている太陽風(太陽から流れ出ている高速のプラズマ流)が直接上層大気にぶつかっています。そしてこの太陽風との相互作用によって火星の大気が剥ぎ取られていきます。この大気の散逸の過程もPLANET-Bの観測で明らかにしたい事柄の一つであります。これら,火星大気の散逸の過程を調べることで,火星大気の進化の歴史に対する手がかりが得られます。

 ここに挙げた事柄などを解明するためにPLANET-Bには14個の科学観測器(そのうち,4個が海外機器でアメリカ,カナダ,スウェーデン,ドイツから夫々1つずつ供給されています)が搭載されています。(搭載機器ではありませんが,地球から見て衛星が火星の裏側に隠れる時と出る時と電波の掩蔽を用いて大気の密度分布も調べます。)PLANET-Bではこれだけの観測器を積んでいくために徹底した軽量化が行われました。その結果,5mのマスト及び25mのワイヤアンテナ本の駆動機構なども含めて,観測器の全重量は35kgと従来の衛星に比べて驚異的に軽い観測器重量となりました。(観測器の数がPLANET-Bとほぼ同じであるGEOTAIL衛星では180kg程度でしたから,いかに軽くなったかお解りになると思います。)これらの観測器を総動員して,色々な未知の問題を調べていく訳ですが,個々の問題により観測に適した軌道は異なります。それらをなるべく満足し,尚且つ日陰の時間がバッテリー容量から許容される範囲内にはいるように,PLANET-Bでは近火点高度を一番低い時で150km程度に,遠火点高度は15Rm(1Rmは火星の半径で約3400km)程度に,初期の軌道傾斜角は75度という準極軌道の長楕円軌道に設計しています。

 次回からこれらの観測器を用いてどのような観測を行なう事により,どの様な問題が明らかになるかについて,火星表面から遠い所,近い所へと順に紹介していきます。

(はやかわ・はじめ)
<PLANET-B打上げまで あと3ヵ月>


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