ISASニュース 1998.9 No.210

第8回 火星の磁場・古磁場

松岡彩子・綱川秀夫 

 方位磁石はなぜ北を向くのでしょう。それは,地球が南北方向の大きな磁石と同じような磁場(磁気)を持っていて,方位磁石の針を引き付けるからです。では,火星でも方位磁石を使って方角を知ることができるのでしょうか。

 1989年のアメリカのPhobos2衛星や,最近のMarsGlobal Surveyor (MGS)の観測によって,火星には地球のような強い磁場はないことがわかっています。その正確な磁場の強さまではまだわかっていないのですが,「のぞみ」が火星に最も近づいた時(表面から150km)に観測される磁場は,地球表面における磁場の千分の1から一万分の1くらいであろうと予想しています。このように微弱な磁場を測る技術は,日本ではハレー彗星探査機「さきがけ」等から用いられ,最近ではGEOTAILに搭載された磁力計が弱磁場を精度良く測定しています。「のぞみ」に搭載されている磁力計(MGF)の精度は大変高く,地球表面における磁場の数十万分の1まで測定できるほどです。

 人工衛星で弱磁場を測定する場合には,磁力計を衛星本体から離すことが不可欠です。それは,衛星本体の部品に使われている磁石や,衛星を流れる電流によって生じる磁場の影響を,出来るだけ小さくするためです。火星に到着後,「のぞみ」からは5mのマストが伸びます。その先端に磁力計が取り付けられています。

 本シリーズでたびたび述べられてきたように,火星が強い磁場を持たないために,太陽風(太陽から出るプラズマの風)は火星大気の電離圏を直撃します。太陽風中の磁場(やはり微弱なもの)と電離圏のプラズマが直接出会う火星の電離圏境界では,地球には無い未知の物理現象が起こっているはずです。そもそも火星電離圏境界面は,地球磁気圏境界面のようにシャープなものなのか,まだわかっていません。太陽風磁場が電離層に染み込み,電離層プラズマの圧力との総和で太陽風の圧力とバランスをとるので,境界ははっきりしないという説があります。太陽の活動度によって太陽風の圧力が変わるので,バランスの取り方は季節変動するという説もあります。

 また,太陽風は約400km/sの高速の風なので,吹きつけられる火星の電離層の上層にも100km/sくらいの風が吹いていると考えられています。地球の電離層では高々100m/sです。このように,磁場のあるところでプラズマが動くと,起電力が生じ電流が流れます。その電流によって,電離層内に二次的な磁場が発生しているかもしれません。すると,火星の内部で発生する磁場,太陽風の磁場に加えて番目の磁場の成分があることとなり,実はそれが火星の電離層を理解する上で重要な役割を果たしているのかもしれません。

(まつおか・あやこ)






 電離層より下に「のぞみ」が入ると,また別の磁場の世界が見えてきます。それは,火星表面岩石に由来する磁場を観測できることです。火星探査入門第回で話がありましたように,火星にはとても大きな火山があり,多くの溶岩が見られます。溶岩の中には微小な磁性粒子がたくさん含まれており,それらは磁石としての性質を溶岩に与えます。どのような磁石になるかというと,噴出して冷え固まるときに周りの磁場方向に磁化するのです。ですから,その溶岩は,噴出時の周囲の磁場を記録しています。

 現在の火星には大規模な磁場はありませんが,地表に近いところで磁場を観測すると,溶岩の磁化がもとになって作る磁場が所々で見られるかもしれません。このような局所的磁場を磁気異常と言い,実際に,Mars Global Surveyor (MGS)は高度約130kmの軌道で,400ナノテスラという磁気異常を観測しました。太陽風磁場は数十ナノテスラですから,それより一桁大きい磁場が観測されたわけです。

 火星の磁気異常探査は,その46億年の歴史を解明する上で,とても大切な情報をもたらすと期待されています。というのは,このような磁気異常探査は,数十億年前という太古の火星磁場の記録を見ていると考えられるからです。もし,大昔の火星に大規模な磁場があり,そこに溶岩が噴出したならば,その古火星磁場を記録するでしょう。したがって,磁気異常があるということは,火星には大昔,大規模な磁場があったかもしれないことを意味しています。

 あるモデル計算によると,火星最深部の中心核(主に融けた鉄)では創世当初の10億年間くらいまで活発な熱対流があり,そのダイナモ(発電)作用による大規模磁場があったかもしれないこと,その後は冷却して不活発になり大規模磁場が消滅したことが示されています。地球の場合は,火星と同じように熱対流が不活発になったものの,引き続き内核の成長が始まってエネルギーが供給されているために今でも大規模磁場があるとも言われています。このように,火星の磁場変動史の情報が入れば,地球深部のこともよりわかることになるでしょう。火星磁場探査は,現在だけなく過去のいろいろな情報をも与えてくれるのです。

(東京工業大学理学部 つなかわ・ひでお)
<火星到着まで1年2ヵ月>


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