★「のぞみ」地球脱出の顛末

             火星探査機「のぞみ」は,火星到着が当初予定より4年ほど遅れ,
            2004年の初めになりました。この経緯を,裏舞台の騒ぎも含めて御紹
            介します。

             「のぞみ」は,1998年の7月4日に打ち上げられてから,月・地球
            を回るパーキング軌道に5カ月半滞在しました。1カ月半かけて行っ
            た搭載機器の初期チェックの結果は全て正常で,一部の観測機器は,
            地球周辺の科学観測を開始しました。その後,2回の月スウィングバ
            イを経て,1998年の1998年20日に地球スウィングバイと同時に推力
            500Nの2液メインエンジンを噴射し,火星遷移軌道に乗りました。メ
            インエンジンの噴射は,地球最接近の瞬間(日本時間の1998年1998年20
            日の夕方5時10分)に行いましたが,このとき「のぞみ」は臼田局から
            も,また支援を頼んでいたアメリカのDSN局からも視えない時期に当り
            ました。噴射終了後に「のぞみ」の電波を捕えたDSN局からの情報で,
            増速が当初予定の 430m/s に対して,100m/s 程度不足している可能性
            がでてきました。さらに翌朝から,臼田局でも探査機の電波の受信が
            可能となり,このことが確認されました。

             2液エンジンは,燃料のヒドラジンと酸化剤 NTO の両者を混合,燃
            焼させ,ノズルから噴射することにより推進力を得ます。そのうちの
            NTO を押し出すために供給するヘリウムガスのバルブにトラブルが発
            生しました。2液エンジンを使用しない期間,ヘリウムと NTO の間を
            遮断するバルブです。エンジン噴射に際して,このバルブが十分に開
            かず,酸化剤 NTO の供給が不十分で,推力が不足したということが判
            りました。

             この不足の増速分を補うための追加の制御を,翌21日に行いまし
            た。前日以来の徹夜の緊張の末の運用で,「のぞみ」チームの疲労は
            極限に達し,この運用も苦労の多いものとなりました。結果的には,
            近地点の燃料最少点を外した制御のため,予定より多くの燃料を消費
            したものの,探査機は,火星遷移軌道に乗せることには成功し,チー
            ム一同,ひとまずホッとしました。

             当初予定では,1999年の10月11日に火星に到着した時点で,2液エ
            ンジンを噴射して,ブレーキを掛け,火星周回軌道に入る筈でした。
            しかし,地球脱出に際して推進剤を使い過ぎたため,このブレーキ用
            の推進剤が十分に残っていないことが分かりました。火星には到着す
            るものの,このままでは火星周回軌道には入れないことになります。

             一方,軌道計画グループの活躍は目ざましく,地球脱出から2週間
            ほどの間に,様々な軌道計画を検討しました。検討対象となった案
            は,火星で1回または2回スウィングバイをするもの,また,スウィ
            ングバイに際して,エンジンを噴射するもの,しないものなど十指に
            余るものです。その中から,火星軌道投入時期,必要な推進剤の量,
            運用リスクなどの観点から,次のような軌道計画を選びました。

            (1) 近日点が地球軌道,遠日点が火星軌道となる楕円軌道(現状の軌
            道)を4年かけて3周する。
            (2) 2002年12月に,第1回目の地球スウィングバイ。
            (3) 2003年6月に,第2回目の地球スウィングバイ。
            (4) 2004年初に火星に接近し,推力500Nのメインエンジンを噴射し
            て,火星周回軌道に投入する。

             この計画によれば,火星周回軌道投入は4年ほど遅れますが,推進
            剤に余裕を残して,当初予定していた軌道に入れることができます。

             科学の観点からは,火星到着までの太陽を回る軌道での観測が加わ
            ること,太陽活動が低下する時期の火星特有の現象が好条件で観測で
            きること,アメリカの火星探査機(MGS, Climate Orbiter)との共同観
            測は困難になるものの,2003年に打上げ予定のヨーロッパの Mars
            Express との共同観測が可能になることなどメットもでてきます。

                                                                 (中谷一郎)

ISASニュース No.215 (無断転載不可)