「のぞみ」の新軌道計画 宇宙科学研究所 1999.01.13


1.平成10年7月4日に打ち上げられた火星探査機「のぞみ」は、昨年12月20日に、地球の引力圏を離脱し、現在火星遷移軌道上を航行中である。当初はこのまま火星に向かって飛行を続け本年10月に火星を周回する軌道に投入する予定であったが、地球離脱に際し、酸化剤加圧バルブ系の不調により推力の不足を生じ、これを補正するために予定より多くの推進剤を消費した。そのため、現在の推進剤量の下での軌道計画の見直しを行った結果、今後の火星での科学目的を確実に遂行するためには、当初予定していた本年10月の火星軌道投入を行わず、今後さらに2回の地球スイングバイを経て、2003年末から2004年初にかけての時期に火星軌道へ投入することが適切であるとの結論に達した。

2.新しい軌道計画は現在の「のぞみ」の軌道に若干の修正を加えて再度地球軌道に戻すもので火星到着は遅れるものの、危険を伴うスイングバイ時のエンジン噴射という操作を含まず、且つ火星投入時の推進剤の消費量が少ないため、これまでの消費を補って当初計画どおり科学観測に最適化した火星周回軌道への投入が実現できるものである。

3.火星到着の遅れは現在計画中の米国の火星探査機(MGS, Climate Orbiter)との共同観測を困難にする可能性はあるが、ヨーロッパの火星探査機(Mars Express)との共同観測が実現できるほか、観測期間が太陽活動静穏時に当たるため、「のぞみ」の主テーマである火星電離層と太陽風との相互作用の研究では好条件の観測が期待できる[注1]ことや、火星到着までの期間が伸びることによって惑星間塵の観測などが長期間行えるなど科学的成果に広がりを持たせることができるものである。

4.火星到着時期が遅れるために探査機各部の信頼性の再評価が必要となるが、主要な点については既にこの作業が始められているが現在のところ問題は無い。今後、詳細な検討を進めて万全を期す所存である。

注1
火星の電離層と太陽風の相互作用は太陽活動度に応じて様子が変わると推定される。太陽活動度が高い時期にはこれまで良く調べられている金星型に近づくのに対して、太陽活動度が下がると電離層が太陽風の圧力を支えきれないという火星の特徴が顕著に顕れる。「のぞみ」の主要テーマである火星電離層と太陽風との相互作用の研究という観点からは太陽活動静穏時に到着する今回の軌道は望ましいものである。実際本年(平成11年)10月に軌道投入する当初案においてもいかに長く衛星の寿命を延ばし、太陽活動度が下がった時期の観測を行うことが出来るかどうか研究者の関心の一つとなっていた。



(参考) 新しい軌道計画を実現する主な手順 (軌道の外略図)

(1) 近日点が地球軌道、遠日点が火星軌道となる楕円軌道(現状の軌道)を3周する。
(2) 2002年12月に地球に接近し、第1回目のスイングバイを行い、軌道面を変える。
(3) 2003年6月に、再び地球に接近し、第2回目の地球スイングバイを行う。
(4) 2003年末または2004年初に火星に接近し、推力 500Nのメインエンジンを噴射して、周回軌道に投入する。



軌道検討結果

残存推進剤は速度修正量換算で1060m/sと推定される。火星での周回軌道を近火点高度150km、遠火点高度40rmとした時の軌道評価。

火星到着時期(年.月)軌道概要速度修正量(m/s)評価
1999.10 到着時にそのまま火星周回軌道に投入。1135実現不可能
2000.08 1999.10火星到着時、近火点でエンジン噴射しつつ火星スイングバイ。2000.08に火星周回軌道に投入。1102実現不可能
2002.07 1999.10火星到着時近火点でエンジン噴射しつつ火星スイングバイ、2001.08に再度火星スイングバイ(エンジン噴射無し)、2002.07に火星周回軌道に投入。1064スイングバイ時に近火点でのエンジン噴射を必要とし補正量確保が困難なため危険。
2003.12 現在火星に向かっている軌道を微調し、太陽を3周した後、2002.12に地球に戻す軌道に変更。地球スイングバイで軌道面変更、再度2003.06に地球スイングバイをして火星に向かう軌道に変更。2003.12に火星到着、周回軌道に投入。846エンジンを噴射しつつスイングバイをする必要が無く安全な軌道計画である。推薬量の余裕もあり当初計画の火星周回軌道(遠火点15rm)実現が可能。
2006.04 1999.10火星スイングバイ(噴射無し)、2005.05に2度目の火星スイングバイ(噴射無し)2006.04火星周回軌道に投入。964上記2003.12投入に比してメリットが無い。




運用期間延長に伴う探査機の信頼性に関する検討


火星投入時期の延長に伴い、探査機運用期間がノミナル値で3年から7年に延長されるため、探査機の信頼性について再検討を必要とする。特に、火星軌道投入時期が遅くなるために投入時、あるいは投入後のオペレーションに関与する機器の信頼性について検討を行い運用に反映する必要がある。




ミッション期間延長に関わる機器信頼性検討


放射線・紫外線による劣化
太陽電池発生電力問題なし
表面熱特性問題なし、但し近日点の運用は詳細検討を要す
トランスミッター問題なし
エレクトロニクス 被爆量による影響に大きな差はない
温度サイクル・稼動時間による劣化
電池充放電サイクルは少ない。運用面で保護
姿勢制御問題なし
火星投入時期の延期に関わる機器信頼性検討
推進系バルブ系、2液推進系について詳細検討を要す。
伸展物火星軌道投入後に伸展する磁力計マスト、ワイヤーアンテナ、TPAブームについては詳細検討を要す。また、投入後に開放する質量分析器キャップについても開放時期を含め検討を要する。


以上。