気象観測

 ―3次元可視化のシナリオ―

気象衛星によるアプローチ

気象のしくみを知るにはどうすれば良いだろうか?  地球では地上に多くの測候所を配置することで理解が進んできたが、金星ではそうはいかない。 では地球でも活躍している気象衛星ではどうだろう?  しかし金星は上空を厚い雲がおおっているため、大気圏の大部分は長らく観測不可能だった。 ところが1980年代から1990年代にかけて、いくつかの赤外波長で雲の下の大気や地表面まで外から透視できることが分かってきた (光は電磁波という波の一種で、その波の山と山の間隔―波長―が可視光線よりも長い光が赤外線である)。 プラネットCはこの赤外線をフルに利用して金星の神秘のベールをはがしていく。

プラネットCは5台の特殊なカメラを搭載する。 カメラ群がカバーする様々な波長の光はそれぞれが金星大気中の異なる高度の情報を持っており、 これらを統合して大気の3次元構造を描くことができる(図1)。

図1 金星周回衛星からの3次元的な大気観測のイメージ

1μmカメラ(IR1)と2μmカメラ(IR2)は、金星大気がほぼ透明になる赤外波長(1〜2μm付近にある)を活用し、 可視光では見えない低高度の雲や微量ガスの分布を映像化する。 雲が時間とともに移動する様子からは風の分布がわかる。 赤外線による地表面の撮影によって鉱物組成の分布や活火山についても調べる。(μm=千分の1ミリ)

これらとは別に、中間赤外カメラ(LIR)が波長10μmの赤外線で雲の温度分布を映像化し、雲頂のでこぼこや、その変化から風を調べる。 紫外イメージャ(UVI)は紫外線で、雲の形成に関わる化学物質の分布をとらえるとともに、その変動から風を調べる。 雷・大気光カメラ(LAC)は、雷放電発光を超高速撮影でとらえ、雷があるかどうかという積年の謎に終止符を打つ。 また雲よりも高いところで酸素が放つ大気光という光をとらえ、この高度の大気運動を調べる。 これら光学観測とは別に、地球との電波通信を利用した電波掩蔽(RS)により、大気の高度方向の層構造を調べる。

このようにして惑星全体に広がる様々なスケールの流体運動を可視化し、 画像解析によって風速分布、温度分布、物質輸送といった気象学の情報を取り出す。 これほど密な気象データが地球以外の惑星で得られるのは初めてのことである。

何を見るのか?(やや詳しく)

IR1(1μmカメラ)/IR2(2μmカメラ)

IR1とIR2は、「金星大気の窓」と呼ばれる、金星大気による吸収が弱い近赤外波長をカバーする。 この波長では、地表面や下層大気が発する熱放射が雲層内での散乱を経て宇宙空間に漏れだしており、 これらの光をとらえることにより光路上にある雲や微量ガスの情報が得られる。 IR1とIR2は、この手法により金星下層大気の構造と運動を継続的にモニターする初の試みとなる。

これらの波長においては昼面の太陽散乱光が金星大気の熱放射より遥かに強いため、観測は夜面に対して行う。 下層大気からの熱放射を光源として雲が影絵として映像化されるが、 このときの微細な濃淡は主に雲層下部(高度〜50km)に起源を持つことが経験的に知られている。 雲の濃淡模様の移動を追跡することにより、この高度における風速の分布が得られる。 異なる波長での光量を比べることにより雲粒の大きさを推定することもできる。

波長2.32μmでは雲の下に分布するCO(一酸化炭素)による吸収があり、CO吸収の無い2.26μmとの比較によりCOを定量できる。 COは上層大気でCO2の光分解で作られたあと大気循環により下層大気に運び込まれると考えられており、 その空間分布からは子午面循環や下層大気循環の様子がわかる。 波長0.97μmでは水蒸気による吸収があり、0.90μmや1.01μmとの比較により水蒸気を定量できる。 地表面が見える波長では鉱物組成や活火山の観測も行う。 活火山があれば高温の溶岩が強い熱放射を出すので、これを検出できる可能性がある。

IR1の波長0.9μmとIR2の波長2.02μmによる昼側の観測では雲からの太陽散乱光を見る。 昼側の波長0.9μmでは太陽光が雲層の深部まで到達して宇宙空間に跳ね返されており、雲層下部の雲量の情報が得られる。 この波長で雲の移動を追跡することにより、昼側の雲層下部においても風速分布が得られる。 昼側2.02μmでは雲頂での太陽散乱光がCO2大気による吸収の影響を受けており、この吸収の程度から雲頂高度がわかる。

リンク

LIR(中間赤外カメラ)

LIRは雲が発する熱放射を金星大気の吸収が弱い波長8〜12μmの赤外線でとらえて雲頂の温度分布を映像化する。 この波長域の撮像装置を金星に持ち込むのも、精細な雲頂温度マップを継続的に取得するのも、LIRが初の試みとなる。

この波長では昼面の太陽散乱光が十分に弱いので、昼夜を問わず同質の観測が可能である。 雲頂温度は基本的に雲頂高度を反映すると予想されるので、雲層高度における熱対流など、雲層の維持に関わる大気運動をとらえることができる。 紫外線で観察されてきた不思議な模様がどのような雲の構造と対応するのかも明らかになるだろう。 また、雲の移動を追跡して風速分布が得られれば、全ての時刻帯で平均した子午面循環(南北方向のゆっくりとした循環)の計測が初めて可能となる。 この波長での放射は金星から宇宙空間への放熱量の良い指標であり、エネルギーバランスの解明につながる情報も得られる。

リンク

UVI(紫外イメージャ)

UVIは昼面の太陽散乱光を波長283nmと365nmの紫外線でとらえる(nm=百万分の1ミリ)。 前者は主に雲頂付近のSO2の吸収を受けており、後者は未同定の化学物質による吸収を受けている。 金星SO2の2次元分布を得るのはUVIが初めてであり、また、これまでの紫外撮像と比べても解像度でUVIが優っている。

SO2も未同定物質も雲頂より下で急激に濃度が増加すると考えられており、これらの分布は大気の上下運動をよく反映すると予想される。 SO2は雲の主成分である硫酸が化学反応で作られる際の材料物質であり、この変動と風の分布がどう対応するかが雲形成の理解の要である。

波長365nmで観測される未同定物質は過去の金星ミッションにおいて大気運動の指標として利用されてきたものであるが、 これがSO2分布や風とどう対応しているかを知ることは、この物質の正体や雲反射率の理解につながる。 濃淡模様の追跡により風速分布も得られる。

リンク

LAC(雷・大気光カメラ)

LACは惑星の雷放電発光の専用観測装置として世界初の試みとなる。 雷観測に用いる波長777.4nmでは、金星大気組成での発光エネルギーが最大となることが室内実験から予想されている。 この波長での発光強度の時間変動を32マイクロ秒(マイクロ秒=100万分の1秒)の時間分解能でサンプリングし、 発光継続時間が千分の1秒から1万分の1秒と予想される個々の放電発光の時間変化を取得して、雷が検出された画素のデータだけを記録する。 このような観測により雷発光をノイズと区別し、金星における雷放電の有無という問題に決着をつけとともに、 放電が確認された場合には発光パターンや空間分布から放電のメカニズムに迫る。

LACはまた、可視光で高度100km付近の酸素分子や酸素原子が放つ大気光をとらえ、この高度の大気循環や大気波動を映像化する。 いずれの観測も対象がとても暗いので、昼面の太陽散乱光の混入を避けるために、探査機が金星の影(日陰)に居るときに夜面を観測対象とする。

リンク

USO(超高安定発振器)

地球との間の電波通信を利用する電波掩蔽観測(RS)で、大気の高度方向の層構造を調べる。 USOはこのために必要となる、出力周波数が安定した基準信号源である。 電波掩蔽自体は過去のミッションでも行われているが、PLANET-Cでは大気運動が最も活発な赤道域で継続的にデータが得られることや、 撮像データとの有機的な統合による研究が可能であることに、これまでにないメリットがある。

地球から見て探査機が金星の後ろに隠れるときと出てくるとき、電波は金星大気を通過する。 このときの電波の屈折は地上での受信周波数に変化をもたらし、この受信周波数の時間変化から金星大気の屈折率の高度分布を求めることができる。 ここから気圧や気温の高度分布が分かり、大気の熱構造や波動の情報が得られる。

受信電波の強度の時間変化からは、電波を吸収する硫酸蒸気の高度分布がわかり、硫酸雲の生成過程の解明に役立てられる。 受信周波数の変化からは金星の電離圏における電子密度の高度分布も得られる。 これら電波掩蔽の成果は光学撮像装置による水平構造の情報を補完する役割を持つ。

リンク

観測プラン(もっと詳しく)

周回軌道上では金星からの距離、太陽や地球との位置関係、金星の陰(日陰)などの条件の変化に応じて観測パターンを切り替える(図2)。 遠金点(金星から最も遠ざかるところ)付近では広域の連続的な撮影によりグローバルな大気運動をとらえるのに対し、 近金点(金星に最も近づくところ)付近では雲の微細構造をクローズアップで観察したり地平線方向を見て大気の層構造を観測したりする。 日陰は主として近金点付近で生じ、ここでは雷・大気光カメラによる観測が中心となる。 電波掩蔽の機会もほとんどが近金点付近で生じる。以下にそれぞれの観測パターンについて紹介する。

図2 金星周回軌道での観測計画

広域撮像

PLANET-Cは金星の赤道面に近い長楕円軌道(近金点高度:数百km、遠金点高度:13金星半径=約8万km)を軌道周期30時間で東から西へ、 つまり大気の超回転と同じ方向に周回する。 広域撮像モードでは、金星ディスクの差し渡しの半分程度以上が12°のカメラ視野に収まる区間(遠金点を中心とする約25時間)において、 1〜2時間おきに撮像観測を行って広域の大気構造の時間変化をとらえる。 風速ベクトル導出のもとになる画像データは専らこの観測モードにおいて得られる。 金星ディスクの直径は高度約60000km(10金星半径)において12°になり、 このとき紫外イメージャ、1μmカメラ、2μmカメラの1画素の大きさは金星表面上で約10 kmである。

遠金点を中心とする約20時間の区間では、探査機の軌道運動は雲層下部にあたる高度50km付近での超回転の角速度(赤道上で60m/sに対応)と 概ね同期し、この高度の大気の同じ半球を観測し続ける(図3)。 このように大気のほぼ同じ部分を長時間観測し続けることにより、 超回転する大気層に押し流される気象現象や風速のゆらぎを精度よく取り出すことが可能となる。

PLANET-Cが近金点を素早く通過して再び遠金点付近に来ると、雲層下部は超回転によって約60°、雲頂は約100°西向きに移動している。 よってこの高度領域の大気は探査機が6周回(7.5地球日)するごとに東西1周(360°)がカバーされることになる。

図3 北極側から見た金星周回軌道上のプラネットCの運動

1時間ごとの位置を黒丸で示してある。

地平線撮像

近金点付近から地平線方向を見て、雲頂から高度100kmにまで広がる雲の層構造を撮影する。 近金点高度が300kmの場合、地平線までの距離は近金点で最小値1640kmをとり、 このとき紫外イメージャや1μmカメラの1画素は330mの高度幅に相当する。

近傍凝視

雲頂の微細な凸凹を立体視するために、周回軌道上の比較的金星に近い場所から高解像度で特定地域を一定時間、凝視し続けながら上空を通過する。 個々の雲塊があまり時間変化しないうちに広い角度範囲から同じ場所を撮影する必要がある。 たとえば高度3000〜15000kmの位置から1画素あたり数百m〜4kmという解像度で繰り返し撮影する。

積乱雲のような雲塊の時間変化を捉えるための高頻度での撮影も行う。 たとえば距離15000〜30000kmの位置から1画素あたり3〜6kmという解像度で5〜10分ごとに撮影する。

日陰時観測

探査機が金星の影に入るとき(日陰)には雷・大気光カメラによる観測を行う。 雷観測時には、雷が検出されると、その瞬間のデータだけがデータレコーダに記録される。 大気光観測時には数十秒ずつ記録していく。 雷光データを気象学的に解釈するために、他の気象カメラによる観測も随時行う。

電波掩蔽観測

臼田宇宙空間観測所から金星が見える時間帯に探査機が金星の反対側に隠れる(掩蔽)ときに、 超高安定発振器(USO)を基準信号とするX帯電波を探査機から送信して実施する。 受信信号は臼田局にて記録され、解析される。 観測時には高利得アンテナをまっすぐ地球方向に向けるのではなく、金星大気による屈折の分だけずらす必要がある。 屈折角は電波が高度30km付近まで侵入した時点で最大25°程度となり、 これ以下の高度では電波の曲率が金星表面の曲率より大きいために電波が金星大気から出てこれなくなる。

前のページ 「衛星の構造」

次のページ 「地表面の観測」