地表面の観測
―活火山さがしと地表物質の研究ー
米国の探査機マゼランのレーダー観測をもとにした金星の火山のCG画像 (高さ方向を強調している)
活火山の検出
火成活動は惑星内部の熱輸送や化学分化に関係し、惑星の進化を規定する主要な過程のひとつである。また火成活動に伴う脱ガスは、大気組成を変えることで惑星表層環境・気候にも大きな影響を与える。例えば、脱ガスによる水蒸気や二酸化硫黄の大気への放出は、温室効果や惑星アルベドを変えることで大きな気候変動を引き起こす可能性が指摘されている。また水蒸気は上層大気から水素が宇宙空間へと散逸することで、二酸化硫黄は地表物質と反応することで、それぞれ大気中の存在量が変化する。したがって現在の金星の気候状態がどのようなバランスの上にあるのかを理解するためにも、現在の火成活動度を知ることが重要である。
金星に火山地形が存在していることは、これまで行われてきた合成開口レーダーによる観測で明らかにされている。しかし現在の火成活動度については、その活動レベルはおろか活火山のあるなしさえ、観測的には何も制約されていない。これは金星の全面を覆う分厚い雲が地表面の観測を妨げているためである。唯一、上層大気の二酸化硫黄濃度が経年変化しているとする観測の結果をもって火山噴火があるとする見方があるが、これは噴火を直接捉えたわけではなく決定的とは言い難い。より直接的な観測で火成活動度を制約することが必要である。
本計画では、近赤外ウィンドウで地表面から射出される熱放射を測定し、熔岩噴出イベントを検出することで、現在の金星の火成活動度に制約を与えることを目指す。撮像に用いる波長(1.0μm)は大気による吸収が小さいため、分厚い雲を透かして地表面を見ることが可能で、従来の観測と違って火山噴火を直接捉えることができるという利点を持つ。またこの波長では地表温度の上昇に対して熱放射が急激に大きくなるという性質もあり、このことは熔岩噴出イベントの検出可能性を高めるものである。放射計算の結果によれば、金星に典型的に見られる100平方キロメートル程度の大きさの溶岩流では、表面温度が890K以上のときバックグランドに比べて10%以上の過剰な放射が観測される。また1平方キロメートル程度の場合であっても、表面温度が1200K以上であれば10%以上の過剰な放射が観測される。検出に際しては雲の不均一による明暗の効果を取り除く必要があるが、それは1.7・2.3μmの雲画像と見比べることで可能である。
熔岩噴出イベントが発見された場合には、同時に行う紫外撮像の観測結果からも、火成活動に関わる情報が得られる。たとえば、上層大気のSO2濃度の増加が観測された場合、それは上層大気のSO2濃度の経年変化が火成活動と関係しているとする先の仮説を支持すると同時に、金星で対流圏界面にまで達するプリュームを生成する噴火があることを示す。噴火様式は主に熔岩に含まれる揮発性物質の性質や量によって規定されるので、金星内部の熱構造や化学組成といった情報が得られることになる。また脱ガスの成分や量についても情報が得られることになり、このことは金星の大気組成や気候についても示唆を与えるものである。
地表面放射率の測定による大気-地表面相互作用の解明
地質学的な時間スケールの気候形成においては、大気と固体惑星の間の物質交換が重要な役割を果たすことが地球の古気候の研究から示唆されている。このことは金星においても同様であると考えられ、特に高温高圧の金星においては大気と地殻が直接化学反応する過程が重要であると考えられている。したがって地表面の化学組成を観測的に制約することは、惑星気候の形成を考える上での重要な境界条件を与えるものである。
本計画では、近赤外ウィンドウの波長1.0μmにおける地表面からの熱放射を測定することで、この波長における金星地表物質の放射率(赤外光を放射する効率)を面的に観測する計画である。これまでに行われてきたMagellanなどによる電波の観測は、金星の高地と低地の地表物質には放射率に大きな違いがあることを明らかにしている。この観測結果は、大気と地表物質の化学反応の温度依存性のため、低温の高地と高温の低地で地表物質に違いが生じていることを示唆するものと考えられている。しかし、これまでに得られた情報だけからでは、地表物質を制約するには至らず、放射率の違いの原因も解明されていない。ここに今までと全く異なる波長である近赤外の観測データを加えることは、金星の地表を構成する物質をより確かに制約し、惑星気候において重要な大気と地殻の化学相互作用に関わる理解を大きく前進させる。
マゼランが観測した金星の火山地帯の地面放射率の不均一
前のページ 「気象観測」
次のページ 観測装置