PLANET-Cニュース 2006

2006年のPLANET-Cです。

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2006年12月10日

金星探査機プラネットCデルタPDR完了にあたって  (プロジェクトマネージャー・中村正人)

金星探査計画にたずさわっておられる皆様

2006年12月8日、プラネットCのデルタPDR(追加の設計審査会)は無事終了し、これを以て晴れて我々はフェーズC(従来のFM設計制作)に進むことが出来ることになったことを報告いたします。皆様のご努力の賜物であると、プロジェクトの責任者として感謝いたします。

「...要は学理を経とし経験を緯とし、艦政本部各部渾然一体となりて計画にあたり、最優秀の独創斬新なる計画を樹立し、以て世界に冠絶する主力艦を建造するにあるのみ。難はすなわち難なりと言えども、この大事業を託せられたる我ら一同は、一期の面目、一代の快心事として、粉骨砕身至誠事に従い、 誠を期して報効の実をあげざるべけんや。」

これは戦艦大和を建造するにあたっての海軍艦政本部長の訓辞の締めくくりです。”難はすなわち難なりと言えども”とあるように、難しいことを認めた上でそれを達成する冷静な判断が必要なことは我々も同様であると考えます。” 艦政本部各部一体”を”大学の研究者、メーカーの技術者、宇宙航空研究開発機構の職員”、さらに”世界に冠絶する主力艦”を”世界の最先端を行く惑星探査機”と言い換えれば、現在でも通用する訓辞であると言えるでしょう。

これから2010年の打ち上げまで、一致団結して事にあたろうではありませんか。

2006年9月15日

PLANET-Cの現状について (プロジェクトマネージャー・中村正人)

2004年にスタートしたPLANET-C金星探査プロジェクトは、構造系、通信系、推進系、電気系、観測機器等の各サブシステムの基本設計を行い、さらに新規開発となる一部機器の試作を行いました。これらの結果をFM設計に生かすために2006年7月から各サブ システム毎の内外の専門家を交えた点検を行い、これらの結果をまとめて8月29日に基本設計確認会を開催しました。この結果、十分な検討が行われており、FMに向けた開発を開始する段階にあることが確認されています。皆さんの2年間の努力が見事に結 実した結果だとプロジェクトマネージャーとして感謝しています。

また8月31日には文部科学省・宇宙開発委員会推進部会において開発移行に向けた評価を受け、これもまたFM開発への移行が妥当であるとの評価が得られました。この評価プロセスは文部科学省の皆さん、本宇宙機構経営企画部の皆さん、また宇宙科学研究 本部の科学推進部の献身的なバックアップがなければ、達成できなかったものです。ここに感謝の意を表します。

これをもって本プロジェクトはいよいよ2010年夏、種子島からのPLANET-C打ち上げに向けて本格的に動き始めます。皆様の努力が実を結ぶ日が間近に迫ってきました。これからも心を一つにして、がんばりましょう。

2006年8月11日

1μmカメラIR1の科学目標再構成

IR1の構造図。

左側の四角い部分は太陽からの強い光をさえぎるためのフード。

1μmカメラ(IR1)はこれまで、赤外線の波長1.0μmでの昼側の観測から雲層高度での風を、 1.01μmでの夜側の観測から地表面の情報を得ることを目標としてきましたが、 このたび昼側の観測波長を0.90μmに変更し、さらに観測波長を増やして科学目標を強化しました。 詳しくはIR1のページをご覧下さい。

昼側の観測波長を0.90μmに変更した理由は、これまでの1.01μmでは、 使用予定の赤外線検出素子で著しい解像度の低下が起きることが判明したことにあります。 0.90μmでは低下は半分ほどに抑えられます。

夜側の観測に新たに加えた波長は0.97μmと0.90μmで、 波長1.01μmと前者とのペアから地表面付近の水蒸気の分布が、後者とのペアから地表面の鉱物情報が得られます。 水蒸気の分布からは、下層大気の循環や化学反応の様子がわかるでしょう。

鉱物情報としては例えば花崗岩の分布などが推定できます。 花崗岩の分布は過去のプレートテクトニクス(地殻の熱対流による大陸移動)や、 太古にはあったかもしれない海洋の存在と関係し、金星全体の起源と進化を考えるうえでの重要な情報となります。 当初から予定していた活火山捜索ももちろん可能で、見つかれば内部構造および惑星熱史に関するヒントとなります。

(東京大学 岩上直幹)

2006年5月17日

金星の素顔を透視」する高性能な検出器

PLANET-C/IR2用第一次試作PtSi検出素子

この素子は既に冷却評価試験により良好な結果が得られており、この素子の設計に微修正を加えた物を PM/FM 素子として開発を進めている。

金星探査機「PLANET-C」に搭載される5台のカメラのうち、波長2ミクロン前後の赤外線を観測対象とするカメラが「IR2」です。それが目的としているのは、金星の厚い雲の下にある高温大気、その動きや微量成分の分布を観測することです。いわば「金星の素顔を透視」するカメラといえるでしょう。「IR2」のレンズは赤外線観測に適した材料で作られており(ニコン製)、デジタルカメラでいうCCDなどに相当する撮像素子には、プラチナシリサイド(PtSi)素子を使っています(三菱電機製)。

このPtSi素子、画素数は100万画素(1024×1024)とたいしたことがないように聞こえるかもしれません。しかし市場に出回っているデジタルカメラやビデオカメラとは桁違いの性能を誇るものです。宇宙空間の過酷な環境下でも性能を発揮(安定度)し、暗いものから明るいものまで捉える能力(ダイナミックレンジ)に優れ、測定値の正確さ(リニアリティ)なども非常に高いレベルにあります。実は画素数も、このタイプの撮像素子としては現時点での最高レベルのものなのです。

写真はPtSi検出器の試作品です。1024×1024=100万画素の受光面は約17mm×17mmの大きさで、ICパッケージに取り付けられています。すでにこの素子は冷却評価試験で良好な結果が得られています。この設計に微修正を加えたものをPM/FM(最終試作・実機搭載)素子とすべく、2006年5月から製作に入ります。

探査機に搭載されるもう1台の赤外線カメラ「IR1」と「IR2」が、探査機の主力カメラです。「IR1」と「IR2」は、観測対象とする波長は異なるものの、ほぼ同じ素子を用います。そのいずれも、レンズや素子のほか、冷却装置を備えたカメラ本体は国内の精密機器メーカー(住友重機械工業)が担当し、純国産で開発が進められています。欧米が先行する宇宙開発分野での日本独自のチャレンジは決して容易なことではありません。しかしこの取り組みを通じてノウハウを蓄積し、日本ならではの先端技術を磨くことで、最先端の宇宙科学を推進できると信じ、エンジニアとサイエンティストが一丸となって開発に当たっています。

(熊本大学 佐藤毅彦)

2006年4月26日

Venus Express金星到着

探査機から初めて送られてきた金星のデータが表示されたパソコン画面に群がる関係者たち

近赤外分光撮像装置(VIRTIS)による、南極上空から見た金星

左半分は太陽光に照らされた上層の雲、右半分は波長1.7μmの赤外線で見た下層の雲(暗い部分で雲が厚い)。提供:ESA

昨年11月9日に打ち上げられたESA(欧州宇宙機関)のVenus Expressが4月11日、無事、金星周回軌道に入りました。軌道投入に際しては、これまで探査機が金星に対して時速2万9000 kmで飛行していたところを、メインエンジンの逆噴射によって2万5000 kmに減速してやります。こうすることで探査機は金星の重力に捕らえられ、金星の周りを回りだします。ESAサイトでの報告はこちら(英語)

探査機の管制をしているドイツDarmstadtのESOC(ESA's Space Operations Centre)で軌道投入に際してのイベントがあり、打合せのために現地に来ていた今村が様子をのぞいてきました。何かのコンサートかパーティーかという派手な演出に、ミッション成功への自信のほどを感じて圧倒されると同時に、広報活動への力の入れ方には教えられるものがありました。

この次の日、観測計画の会議の席上で軌道投入後の状況が詳しく報告されました。衛星の状態は良好で、軌道投入の際にはメインエンジンが予定していた値より0.6%多く吹いたそうです(つまりほとんど計画どおり)。軌道周期は予定していた9日より3.5時間長いようです。今後、2週間ほどかけて周期1日の軌道に移行するとともに、徐々に観測機器をONして、5月中は試験的な観測を行います。

まもなく多くのデータが届くでしょう。どのような発見がもたらされるか楽しみです。そして次はいよいよ日本の番です。

(JAXA 今村剛)

2006年3月4日

RETURN TO VENUS !

会議場に貼ってあったポスター

右のほうには、ボッティチェリの「ヴィーナスの誕生」 でヴィーナスが乗っている貝殻の上に金星の全球地形図を乗せたものがあしらわれている。

2月13日から5日間にわたって、金星の科学を議論する国際会議が米国フロリダにて開催されました(Chapman Conference 'Exploring Venus as a Terrestrial Planet')。世界から百数十人の研究者が集まって、最新の研究成果について議論し、また日本と欧州の探査計画をさらに将来の探査につなげていく戦略を話し合いました。金星と地球は大量の揮発性物質を強い重力で地表にとどめるただ2つの地球型惑星であり、金星は地球と最も近い境界条件にある惑星である、それ故に金星は地球の理解のために際立って重要な天体なのだ、という意識が皆さんの言葉の端々に感じられました。今後解明すべき謎としては次のようなものが挙げられました。

多くの謎がありますが、我々にできることは、まず目の前のプラネットCを成功させることです。

(JAXA 今村剛)

2006年2月20日

ハワイの山頂から金星の大気を探る

マウナケア山頂にて

空を指差しているのは東京大学大学院の大月さん。指の先には金星がある。背後のドームはカナダとフランスの大学が運営しているCFHT望遠鏡。

2005年12月、私たち金星観測グループは、ハワイ島マウナケア山頂に滞在し、金星観測の新しいアプローチを試みた。この地は、年間を通して大気中の水蒸気量が低いため、湿気の多い日本国内と比較して、大気の透過率が高い。また、標高4200mをこえる山頂部では、雲が眼下を流れることになり、文字通り「満天」の星空が頭上に広がる。天体観測の最適地であるこのマウナケア山頂部には、日本の国立天文台が運用するすばる望遠鏡を含め、世界各国が所有するさまざまなタイプの望遠鏡が悠然と並んでいる。

私たちの観測は、すばる望遠鏡とハワイ大学所有の赤外望遠鏡IRTFを利用して行われた。これまでも、国内の望遠鏡を使って、同様の観測を行っている。それでも、金星に望遠鏡を向け、モニター画面に金星画像の第一報が映し出されると、毎回、新鮮な興奮を覚える。この瞬間が、地上観測のいちばんの醍醐味なのではないだろうか。

今回の観測の目的は、マウナケア山頂の良好かつ安定した観測環境を利用し、高い空間分解能で、金星の雲層の微細構造や、 大気光の発光分布を探ることにあった。地上観測では、地球大気を隔てて観測を行うため、 地球大気の揺らぎ(シーイング)の影響で像がにじんでしまうという問題を避けられない。 その影響を最小限におさえるため、シーイングの影響の少ないマウナケア山頂に観測地を移し、 さらに、シーイングが時間変動しない程度(数10ミリ秒)のきわめて短い露出のデータを取得した。

波長2.3ミクロンで撮影した金星の雲構造

2005年12月16日に、東京大学とJAXAの研究グループがハワイのマウナケア山頂に設置されているIRTF (Infrared Telescope Facility)の近赤外分光撮像カメラを利用して撮影した。 右側の明るい部分は昼の面で、太陽光が雲で散乱されている。左側が夜の面で、雲よりも下にある大気からの赤外線放射が見えている。 明るいところほど雲が薄い。水色の円は金星の縁の位置を示す。空間分解能はおおよそ400km。 夜の面を横切る黒い線は分光する際に用いたスリットの陰。

現在、このような過程を経て取得した大量のデータセットの中から、よりシャープな画像の解析的な抽出を試みている最中である。大気揺らぎの影響を完全に補正することができれば、金星雲層上での空間分解能は約50kmにまで達し、過去に見られたことがないような超微細構造の可視化を期待できる。

また、今回はすばる望遠鏡を使った中間赤外領域(波長10μm帯)での観測とIRTFを利用した近赤外観測(波長1〜2μm帯)を同時に行った。金星大気から射出される熱放射を、光学的な厚みが異なる複数の波長で観測することにより、金星大気の鉛直情報を引き出すことが狙いであった。この観測の直前には、野辺山ミリ波干渉計による観測(波長3mm帯)も行っており、近赤外からミリ波にかけの広い波長域で、ほぼ同時期の金星画像が得られている。この二つの観測結果を比較することにより、単一波長での観測では測定できない物理現象が見えてくる可能性が高く、新たな発見もありうる。

金星が地球にふたたび近づく地上観測の好期は1年半後になるが、今後も観測波長や解析方法を工夫しながら、プラネットCによる衛星探査とはまた別のアプローチで、金星大気の謎の解明に取り組んでいきたい。

(東京大学大学院 佐川英夫)

2006年2月6日

ヨーロッパの金星探査戦略

欧州宇宙研究技術センター(ESTEC)にて

1月19-20日、欧州宇宙機関(ESA)の欧州宇宙研究技術センター(ESTEC)において金星エントリープローブワークショップ(英語ページ)が開催されました。エントリープローブとは惑星の大気圏内に突入する宇宙機のことです。この会議では将来の金星探査について、その科学的意義と技術的課題が世界から関係者90人ほどを集めて話し合われました。日本からはPLANET-Cの概要のほか、東大や東北大を中心に開発中の大気流出観測用の極端紫外センサや、JAXAで開発中の金星気球について紹介しました。

背景としては、ESAが2015-2025年ごろを想定して計画を策定中のCosmic Vision programという宇宙探査計画に金星探査を組み入れたいという研究者コミュニティの意思があります。ESAからは今年中にミッション提案が募集される模様で、それに向けて構想のとりまとめが急ピッチで進んでいます。似たような動きは米国でもありますが、共通しているのは世界中から有志を集めて国際的な枠組みで推進しようとしていることです。冷戦後の宇宙開発の姿と言えましょう。

ESTECはオランダの北海に面した田舎町にありますが、外の寒波にも関わらず、会議は目の前に金星があるかのように白熱しました。気球による観測のアイデアが多く提案されたのが、厚い大気を持つ金星ならではで、大変印象的でした。日本の観測装置や気球構想との連携の可能性についても議論されました。

(JAXA 今村剛)